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季節は、冬へと移り、アタシは、思い切って髪型を変えた。
襟足を短くし、段差のある髪に美容室でカットしもらった。
去年だったら、後ろ髪を縛るかバッサリ切ってしまうかだったのだが━━。
せっかくだし、こういうのはどう? と、キクちゃんから画像を見せられ、悪くはなかったので採用した。
手首には髪留めのゴムをつけ、爪もネイルで綺麗に染めた。
あれからキクちゃんにオシャレについて教えてもらい、自分で化粧もするようになった。
毎日化粧の練習をし、なるべく変になり過ぎないよう注意して、自然な状態を目指した。
ファッションも少しずつ興味を持ち始め、自分家の服のバリエーションも少しずつ増えていった。
いつも通り登校し、上履きに履き替えて階段を上っていくと、 踊り場でサラと出会った。
「ご機嫌ようッ、サラッ」
「…、ご機嫌よう」
アタシを見た途端、素っ気ない挨拶を交わす。
少し前からサラとの仲がぎこちない。
アタシは、いつも通り接しているはずなのに、サラが壁を作っている気がしてならない。
何か悩み事でもあるのだろうか、あまり人には相談しづらいことでも抱えてるのではと考え、いつか本人から口を開く時が来るだろうと思い、待つことにしたのだが、余計に距離を感じるようになってしまったのだ。
「ねッ、ねェ、サラ、どう? この髪型。
イメチェンしてみたんだけど」
「うん、いいんじゃない」
空返事をしては、私の前を通り過ぎ、下の階へと段差を降りる。
「サラ、私のこと避けてない?」
アタシは、ついに、気になっていることに触れた。
「…別に」
「嘘だ。
最近、一緒に帰ろうって誘っても、用事があるって先に帰っちゃうし。
会うたびに目を合わせてくれないし」
「気のせいでしょ」
「じゃあ、何で今もこっちを向いてくれないの!?」
背中を見せる彼女にムキになってしまい、一旦冷静になる。
「おかしいよ、最近サラ変だよ。
どうしちゃったの?」
「
急にこれを声を張り上げ、私を見上げた。
「私服が少しずつマシになっていったのは良かったと思う。
アンタ、もともとセンス悪かったから、ようやく学ぶようになったと思ったから。
けど、ネイルだったり髪型だったり、会う度に
「そんなこと━━」
「アンタ、木村さんと関わってから趣味趣向が似てきたんじゃない!?」
「はァ!? キクちゃんは関係ないでしょ!?」
「話が合う者同士、楽しいに決まってるから
「何言ってんの!? 意味わかんないんだけど!?」
「だってアンタ、
サラの怒りに、私は頭が真っ白になった。
「な、何言って…」
「私が話しかける度にッ、アンタは退屈な顔してたんだよッ」
アタシは━━。
「そりゃそうだよ、私の話題には全く興味ないんだからッ!!」
そんなことはないと、反論したかった━━━━。
「それにアンタ、木村さんがバイトで一緒に帰れないって時に私を誘ってるよね!?」
アタシは━━。
「私はッ、
そんなつもりはないと、言い返したかった━━。
サラが背を向け、アタシは無意識に手を伸ばす。
「それと━━」
言葉が出ないけれど、ただ、引き止めたくて━━。
「
「…ッ」
それが答えだろと、突きつけられた気がした。
アタシは喉に詰まり、伸ばした手は怯んで、一段ずつ降りていく彼女を捕まえることができなかった。
キクちゃんと一緒に遊ぶようになってからというもの、毎日が楽しい。
カラオケ行ったり、ファミレスでだべったり、最近の流行やマイブーム教えあったり飽きることがない。
夢中になれるものが見つかり、そればかり考えている時間がとても心地良かった。
けど、新しい情報を得るに連れて、親しかった人との距離が遠ざかっていく。
サラに気付かされた。
新しいことをするということは、 嫌われる勇気が必要だということを…。
好きなものが増えれば増えるほど、その分何かを失っていくだなんて…。
だとすれば、人の心なんて、一生満たされることなんてないじゃん。
あれからどれくらい経ったのだろう。
しばらく踊り場で立ち尽くしていると、上から馴染みのある声が聞こえてきた。
「あれ? スズちゃん?」
キクちゃんがアタシを見かけては、こちらへと降りてきた。
「ご機嫌よう、どうしたの?
こんなところで突っ立って━━ッ!?」
アタシは顔を俯いたまま、彼女の胸に額を当てた。
「どッ、どうし━━ッ!?」
「キクちゃん、一緒にサボろ」
震えた声で察してくれたのか、何も言及せずに、そっと背中に手を回してくれた。
「うん、帰ろっか」
優しい言葉に素直に甘え、アタシ達は早退した。
━━その後、キクちゃんの家に連れて来られた。
キクちゃんの部屋に入ると、彼女の匂いが漂っており、自然と心が安らいだ。
ベッドに二人で座り、沈黙が室内を支配する。
キクちゃんは、アタシを左肩に引き寄せ、 そっと頭をさすった。
「…訊かないの?」
「ん?」
「何があったのか」
「うん、訊かない」
そう言って、アタシの頭を撫で下ろす。
「もう少し、このままでいよ」
優しい彼女に私の心は溶け始め、ゆっくりと隣へ倒れ込んだ。
キクちゃんの太ももに頭を乗せ、温もりが頬に伝わってくる。
突然の膝枕に、キクちゃんは快く受け入れてくれた。
「…キクちゃん」
「何?」
「ピアス、似合うかな…」
彼女は、唐突な事に拍子抜けしたが、 次第に笑みがこぼれた。
今は、ただ沈みたい。
温かくて、重くて、抜け出すことのない、深い沼のようなこの空間に━━。
━━あれから数日が経ち、心にも余裕が出てきた。
アタシは、サラと仲直りがしたい、そう強く思った。
小さい頃からずっと一緒だったアタシ達、たとえ進路が別々になり、会えなくなったとしても、こんな形で友情が崩れるのは御免だ。
そうだよ、今まで何度も喧嘩してきたんだし、今回もきっと━━。
そんな期待を胸に、放課後、勇気を出してサラのクラスへと足を運んだ。
しかし、彼女の姿はどこにもなく、もう学校出たのか確認するため昇降口へと向かう。
サラの下駄箱には、まだ靴があり、まだ校内にいるのはわかった。
どこにいるんだろ。
LAINで“話があるんだけど”、“今、どこ?”と送信し、 他の場所を当たってみることにした。
廊下をさまよっていると、空き教室からサラが出てきたのが目に入り、とっさに呼び止めた。
「サラッ!」
サラは私に目をやっては、早足ですれ違う。
「サラッ! 待って!」
「急いでるから」
彼女の左腕をつかむが、容易に振り払われてしまう。
「あの時のことッ、謝りたくて━━」
「しつこいッ!!」
パンッ。
カッとなった勢いで、アタシの頬に手の甲が当たってしまった。
「あッ━━」
そして、髪が乱れた際に、 わずかに左耳のピアスが視界に入った。
「ッ!」
サラは、複雑な感情をあらわにし、アタシに背を向けて走り去ってしまった。
しばらく放心しているうちに、雫が輪郭線をなぞっていく。
喉の奥から込み上げてくるものを、 必死に、ただ必死に押し殺したのだった。
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