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半年が経ち、最初の頃に比べて、高等部への道のりもサラ無しで何とか通えるようになった。


授業も難なくこなし、クラスの人達ともある程度は仲良く接するようになったため、不安要素が徐々に減っていった。


そんなある日、席替えが行われることとなり、黒板に席順が書き出されていた。


一人ずつくじを引いていき、荷物をまとめては、黒板に記された番号の元へ行く。


アタシは、というと━━。


「あッ! よろしく~!!」


噂の留年生こと、木村 菊乃が声をかけてきた。


そう、アタシは、彼女の前の席となったのだ。


キクさんは、入学式以降、アタシにお金を返しては、連絡先を交換しようと言い出した。


断る理由もなかったため、了承すると、ことある毎にLAINが来るようになった。


特に用事がある訳ではなく、一言ずつ送ってきたり、面白スタンプを送ってきたり、段々面倒になってきたので、直接止めるよう強く言った。


すると、反省したのか若干落ち込み、LAINの頻度は激減したのだが、今度は、やたらとアタシに声をかけてくるようになったのだ。


ノート写させてくれ、一緒に購買へ行こう、趣味は何? 休みは何してるの? 等々、 特別なことは何もしていないはずなのに、しつこいくらいに接してくる。


留年してしまったのもあり、心細いのだろう。


あの性格だから、以前は友達多かったはずだし。


また0から人間関係を再構築しなくてはならないのは億劫なことだが、彼女なら容易くやってのけるだろう。


そして予想通り、たった数ヶ月で学年の人気者に成り上がってみせ、さすが陽キャは違うなと感じてしまった。


時々、二学年の教室に行き、同い年の友達との交流も絶えないみたいだし…。


あのようなカリスマは、世渡りが上手いんだろうなと関心させられる。


そんな彼女が、何故、アタシにかまってくるのだろう。


陽キャの考えてることは分からんわ。




━━時は流れ、体育の授業となり、ジャージに着替えて体育館へと移動した。


今回は、1組、2組との合同授業でバレーボールをやることになり、各クラスでチームを作ったのだが━━。


「やった! スズちゃんと同じだ!」


明るい表情をするキクさんに対し、私は軽く引いてしまった。


「あからさまに嫌な顔しないでよ~」


「してませんよ」


プイッと仏頂面で視線をそらす。


「キクのこと避けてるみたいだけど…」


「別に避けてはいませんよ」


「敬語も使わなくていいって言ってるのに、距離を感じちゃうじゃん」


「同級生でも年上ですしね」


「気にしなくていいのに~」


すると、キクさんは何か閃いては、私に提案してきた。


「じゃあキクが頑張って点を取ったら、今度の休み遊ぼうよ」


「何でです?」


「買い物しよッ! 買い物ッ!」


「そんな勝手に━━」


「はいッ、決定~!」


強引に決められてしまい、私に拒否権を与えてはくれなかった。




━━結果、キクさんは、一点も取ることができず、授業は終わってしまった。


「くッ、なかなか手強い相手だったわ」


教室に戻り、悔しがりながら制服に着替えている。


「それは残念でしたね」


アタシは、一旦メガネを外し、淡々とタオルで汗を拭き取る。


ジャージを脱いでシャツに袖を通すと、キクさんの視線を感じ取り、つい気になってしまう。


「何です?」


「スズちゃん、スタイルいいね。

腹筋引き締まってるし」


ボタンを上から一つずつ止めていく際に、生地からわずかに肌が露わになる。


腰のラインに無駄な脂肪はなく、影のお陰でへそから上の筋が際立って見えていた。


「セクハラですよ」


「褒めてるんだよ」


動じることなく、ボタンをとめ終える。


メガネを外しているため、視界はボヤけているが、キクさんの体にあるいくつもの擦り傷を見る。


「まあ、キクさんに比べて運動出来ますからね」


「むッ、なんかすごい失礼だな。

こういう時は、怪我大丈夫ですか? 保健室行きます? って、気を遣うとこだよッ」


アタシの態度にふてくされるキクさん。


「しょうがないじゃん。

こっちは必死だったんだよ」


どんだけ私と遊びたかったんだよ。


ボソッと呟く彼女に呆れてしまい、ため息をする。


「…何時にします?」


「えッ?」


「だからッ、休みッ、何時に集合します?」


意外な発言に、キクさんは目を見開く。


「…いいの?」


「いいですよ、買い物くらい付き合いますよ」


スカートをはきながら言うと、嬉しそうに目を輝かせていた。


「どんだけ嬉しいんですか」


「だって、今まで遊びに誘ってもフラレまくってたし」


「そりゃ面倒くさかったですしね」


「ちょっとひ~ど~い~」


机越しに腹部を抱き付かれ、ダル絡みされてしまうが、発言とは裏腹に嬉しそうだった。


メガネをかけ直し、彼女の浮かれた顔を横目で見ては、拒絶するのも諦め、気づかれぬよう笑みを零した。




━━休日、時間通りに集合場所に訪れたのだが、キクさんは、アタシを見て唖然としていた。


「…何です?」


「スズちゃん、買い物に行くんだよ!?

その格好何!?」


私の上下黒で白ラインの入ったぶかぶかのジャージ姿を指摘しだした。


「ジャージですが?」


「なんでそんなヤンキーみたいなの着てくるの!?」


「だって、これだったら汚れても平気だし、動きやすいし、楽じゃないですか」


少々戸惑いながらも、キクさんに反論する。


「スズちゃん、オシャレに無関心すぎッ!!

他に服は無いの!?」


「あとはパーカー ━━」


「くッ!!」


キクさんは、あまりのショックに天を仰ぐが、すぐさま気持ちを切り替え、アタシの手を握った。


「予定変更! キクん家に行くよ!!」


「えッ!? 買い物は━━」


「次回だよ! 次回ッ!!」


そう言って、強引に私の手を引いた。


その後、キクさんの家に招かれ、自身の部屋には様々なジャンルの雑誌がテーブルに置いてあり、彼女は何冊も読み漁った。


「スズちゃん、これなんてどう!?」


「どうって言われても、わからないですし…」


「う~んと、ね~」


キクさんは、立ち上がってクローゼットを開けた。


中には何着もの服がハンガーにかかっており、靴の入った箱もいくつも重ねてしまってあった。


何でそんなに服あんの!?


服の多さに愕然とするアタシに、何パターンか組み合わせのいい服を取り出しては、問答無用で着させられた。


「キャーッ!! 可愛いー!!」


黄色い声と共に写真を何枚も撮られる度、私のメンタルが少しずつ削られていく。


「よしッ、これでスズちゃんの似合う服が大体分かったね」


満足した表情のキクさんとは逆に、私はぐったりと俯いていた。


「そうだッ! スズちゃん、ピアスしてみたら?」


「ぴッ、ピアスッ!?」


「ほらッ、キクみたいにッ」


キクさんは、髪を左耳にかけ、小さなシルバーのピアスを晒してみせる。


「いいですよッ、痛そうですしッ」


「痛くないよォ、保冷剤でしっかり冷やせば━━」


「いいですってッ!!」


勢いで耳に穴まで開けられそうになるなど、アタシにとっては、珍しい一日を謳歌したのであった。




「━━ってことがあってさ」


学校が終わり、 帰りの道中、サラに休日の出来事を話していた。


「訊いてみたら、読者モデルやってるって本人言ってて、部屋の中にめっちゃ服があったんだよね。

アタシにこれとこれが似合うから着てみてとか言われて、 何着も着せられたりしてさ」


夢中になって長々と喋るアタシを、サラは静かに耳を傾けている。


「服を着るだけで何であんなに━━」


「楽しそうだね」


唐突に発せられた言葉に、一瞬、戸惑った。


「えッ?」


「最近、木村さんの事ばかり話題に出てくるけど…」


…アレ?


「気付いてなかった?」


アタシ…。


「それは、仕方ないじゃん。

クラス一緒だし、毎日のように絡んでくるし━━」


「まあそうなんだろうけど…」


違和感のある言い方に、気まずい空気が二人を覆う。


「何? 何なの?」


「いや、何でもない」


「気になるじゃん、はっきり言ってよ」


「別に、ただ、そう思っただけ」


アタシの方を見向きもせず、いつもの三叉路で別れた。


振り返ろうともしないサラに、どこか苛立ちを覚える。


何なの…、マジで…。




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