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薄暗い上に、ほとんどの生徒が下校した校内を、アタシは、一人でさまよっていた。


最悪だ、スマホ忘れてしまうだなんて…。


自分の愚かさを恨み、憂鬱になりながら教室を目指す。


明日も学校はあるため、取りに戻らなくてもいいのではないかとも考えたのだが、やはり、スマホという女子高生の必需品がないと落ち着かない。


なんとか昇降口までは来れたが、今朝通った高等部への道のりを、記憶を頼りに進んでみたものの、一向にたどり着けないでいた。


どうしよう、やっぱ、あのまま我慢して明日来ればよかったかな。


後悔しかけてきたその時、一学年の表札が目に入った。


やっと着いた…。


胸を撫で下ろすと、自分の教室から明かりがついていることに気づき、誰かいるのではと、ゆっくり入口の窓から覗いてみた。


あの人は、留年生の…。


金髪ギャルがぐったりと机に倒れ込み、顔を埋めていたのだ。


確か、木村さんだっけ。


アタシが言うのもなんだけど、何故、こんな時間帯まで残ってんだろう。


とりあえず自分の席に行き、引き出しの中に手を突っ込んでみた。


━━ッ! あった! 良かった…。


なじみのある感触に安心し、スマホをポケットの中に入れ、さっさと帰ろうとした…、のだが…。


「はァ~」


木村さんが、いかにも触れて欲しいと言わんばかりの大袈裟なため息をつき始めたのだ。


教室の出入り口付近まで来て、チラッと振り返る。


普段のアタシだったら、気にせずこの場から立ち去るところなのだが、高校生になってまだ一日しか経っていない状況な上に、これから毎日顔を合わせるのだから、気まずい関係を作るわけにもいかない。


しかも、一応この人、年上だったわ。


「…あの、どうかしたんですか」


腹をくくったアタシは、ゆっくり近寄って声をかけてみると、暗い表情を露わにした。


「キク? キクはね、自分のマヌケっぷりを呪っていたところなのだよ」


「マヌケ…、と言いますと…」


「スマホをね、家に忘れてきちゃったんだよ」


あッ、私の逆パターンだ。


「お弁当も忘れて昼食抜きだったんだよ」


うわァ、これは、相当ドジッちゃったみたいだね。


「電車の定期も財布と一緒に落としちゃったんだよね」


「ある意味天才だよッ!?」


ひどく落ち込んでる彼女に対し、ついに口に出してしまった。


やむを得ずスマホを取り出し、木村さんに差し出した。


「アタシのスマホ使っていいんで、家の人に迎えに来てもらうよう頼んでください」


「キクの家、夜遅くまで仕事してるから」


詰んだな、これは。


そろそろ学校も閉まる時間だし…。


スマホの表示画面で時間を確認する。


「ひとまず学校出ましょ。

考えるのは、それからということで」


「あッ、いやッ、キクのことは気にしないで帰りなよ」


「何言ってんですか、先生に叱られますよ」


「その、え~っと…」


妙に渋っている彼女に疑問を抱いたが、視線の先を見てハッとする。


「もしかして、暗がりが苦手?」


「ちッ、違うよッ!?

別に人気がない夜道が怖いとかッ、不審者に出くわすとかッ、幽霊的な何かに取り憑かれるとかッ、そんな子供が考えるようなこと━━」


動揺しすぎだよ。


焦っている木村さんの反応に、少しずつ興味を持ち始め、不覚にも口角が上がってしまった。


「━━とはいえ、 いつまでもここにはいられないので」


ガシッ。


「へッ!?」


「行きますよ」


「ちょッ、ちょっと!」


木村さんの腕を掴み、強硬手段で教室を飛び出した。


陽が完全に沈み、夕焼けが夜へと変わりつつある学校の廊下を、二人で駆け抜けて行ったのだった。




━━福島駅西口に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


「どうぞ」


肌寒い中、アタシは、コンビニで肉まんとミルクティーを買い、木村さんに差し出した。


「いやッ、そんな悪いよ。

奢ってもらうなんて━━」


ぎゅごるるるる。


彼女は、目の前のご馳走によだれを垂らし、説得力のない返事が返ってきた。


「うん、まずそのサイレンを消してから言いましょうか」


結局、食欲に負けてしまい、渡された肉まんにがっつく。


その光景が哀れに感じ、自分の分の肉まんも半分にして差し出した。


「えッ!? いいのッ!?」


「アタシより、よほどお腹空かせてたみたいですから」


目を輝かせ、遠慮なく好意に甘える。


「さっきの話なんですけど、暗いところが苦手なのは昔からなんですか」


「そう! ンぐッ、こういう賑やかな場所は、平気なんだけどッ、ごっくん。

最近、やっと豆球で寝られるようになったんだ」


噂でしか聞いたことがなかったけど、なんと言うか、今時珍しい人に出会ったのかもしれない。


食べている木村さんに、ますます関心が深まるばかりだった。


「━━ってことは、普段は、学校終わったら真っ直ぐ家に帰ってる、ってことなんですね」


「ううん、キク、バイトしてるんだよ」


「バイト?」


「家の近くなんだけど、親は、夜遅くまで働いてるし、家にいても退屈だからいいかなって思って」


「そうなんですか…」


バイト帰りとかも暗くなっているだろうに…。


おそらく、家は人通りの多い所なんだろう。


そう思いながらアタシは、肉まんを食べ終え、その後、改札口で2000円を手渡すと、木村さんは慌てて拒んだ。


「そんなッ、電車賃まで受け取れないよッ」


「気にしないでください。

それに、お金無しでどうやって家に帰るんですか」


「それは━━」


「懐に余裕ができたら、その時返してくれればいいんで」


「どうして…」


「はい?」


「どうしてそこまでしてくれるの?

初対面なのに…」


「アタシん家も仕事で親の帰りが遅いんで、なんとなく気持ちはわかりますよ」


木村さんの問いに、アタシは、穏やかに返答する。


そして別れの挨拶を交わし、木村さんは腑に落ちぬまま電車に乗り込んだ。


車窓を眺めながら、自身を助けてくれた眼鏡の少女をずっと思い返し、ふと笑みがこぼれた。




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