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中高一貫校、私立アケボノ女学院。


この学校に通い続けて4度目の春を迎えたアタシは、晴れて高等部一年生となった。


しかし、アタシ自身そこまで気分は上がらなかった。


なぜなら、 中等部からずっと通い続けているため、新鮮さに欠けているからだ。


高等部の教室との境界線を超え、いつもと違う廊下を通り、1年2組に足を踏み入れたが、窓から見える景色が少し変わった程度で、面白みを感じられなかった。


「す~ずッ!」


退屈に過ごしていると、 アタシに声をかけてきた。


スキップしながら席に座り、頬杖をついている私に挨拶をする


「ごッ機嫌よう!」


「ご機嫌よう、彩蘭サラ


「テンション低いなァ、また同じ学校だっていうのに」


野原ノハラ 彩蘭サラ


私の幼馴染で、小学校の頃からの付き合い。


「だからだよ。

小学校から9年間一緒の学校、腐れ縁もいいとこだわ」


視線をそらし、呆れ交じりのため息を吐く。


「何? 私と一緒じゃ嫌なの?」


「そういうわけじゃないけど━━」


「そうだよねェ、私がいないとどこにも行けないもんねェ」


「そッ! ━━ンなことないけど…」


反論しようとしたが、急に自信をなくし、口調が弱くなる。


「高等部の行き方分からないから、下駄箱で待ってたの誰だったっけかな?」


「あの時は、ただ、スマホいじってただけだし…」


痛いところを突かれるが、ボソボソと小声で強がってみせる。


「そっか~、私が来た途端、助かったみたいな顔してたけど、私の勘違いだったのか~」


何も言えなくなったアタシを、フフンと鼻で笑う。


「ただ、さすがに目新しさがほしいって話」


「要するに、私に飽きてるって言ってんじゃん」


軽く傷つき、ふてくされてるサラに、横目で流す。


「“落ち着く”って言ってんの」


アタシは、目を合わせぬまま一言つぶやくと、 サラは目を丸くして、徐々にニヤニヤと笑みを浮かべた。


「ふ~ん」


「何?」


「べッつに~?」


サラがアタシの頬をつついているうちにチャイムが鳴った。


「ほら、自分の教室に戻りな」


「ハイハイ、寂しくなって泣くなよ」


「━━なわけないでしょ」


サラは、捨て台詞を吐いて、その場から去っていくと、すれ違いで担任が教室に入れ、体育館に向かうよう指示され、変わらない入学式を迎えたのだった。




入学式を終え、一学年は、各々自分のクラスへと戻っていく。


担任が教卓につき、生徒一人ずつ自己紹介をすることとなった。


廊下側の列は順調に進み、教卓のすぐ目の前の列に移るが、なぜか、一番前の席が空席だった。


担任は肩をすくめてはため息をつき、次の生徒へと声をかけた次の瞬間━━。


バンッ!!


「ギリギリセーフッ!!」


勢い良く開いた戸の音に、皆の視線は、一人の症状に注目した。


木村キムラ 菊乃キクノッ、無事遅刻を免れましたァ!!」


テンション高く、息切らしながらネイルした長い爪で敬礼する。


金髪に緩めのカール、まつ毛が長く、左耳たぶにピアス。


シャツの第2ボタンを開け、カーディガンを腰に巻いており、スカートを短くしている。


「アウトに決まってるでしょ。

菊乃、そんなんだから留年するんだよ・・・・・・・


担任が近寄っては、呆れた口調で彼女の頭に軽くチョップをする。


…えッ!? 年上!?


ッてか、留年生!?


初めて見た…。


クラス内がざわついている中、彼女は、笑みを絶やさず、あどけなさを醸し出していた。




━━「ん~、終わったァ」


サラが腕を上げて背伸びをする。


入学式を終え、二人で帰路に着いていた。


私は横でカフェラテを飲みながら、 彼女の歩幅に合わせている。


「どう? 新しいクラスやっていけそう?」


「まだ初日だから分からないよ」


道中コンビニに寄り、ルイボスティーとカフェラテを買っては飲み物のキャップを開けていた。


「てか、堂々と遅刻してきた人がいたし」


「えッ!? 不良じゃん、誰それ!?」


アタシは、教室での出来事を軽く説明した。


「すごいな、留年する人なんてこの世にいるんだね」


サラは、菊乃の存在に関心を抱く。


「よほど成績が悪いか、素行が悪いかのどっちかだね。

気をつけなよ」


「そもそも関わる気はないよ」


「い~やッ、スズは、何気に首突っ込むところがあるからッ。

それで厄介事に毎回巻き込まれてるでしょ」


知ったような口を…。


そう思いながら、カフェラテを口に運ぶ。


「ところで、スズは部活やらないの?」


唐突に話を振られ、口にしていたカフェラテを離した。


「部活はいいかな」


「え~? 去年までバスケやってたんだから、またやればいいじゃん」


「興味がなくなったから」


「スズがバスケやってるの、格好良かったのになァ」


サラが残念そうに肩を落とす。


そう興味がなくなった。


これは、紛れもない本心だ。


アタシは、中等部の時、バスケ部に所属していた。


うちの学校は、強豪の2文字から程遠く、中体連で入賞もせずに終わる実力だった。


毎年、青春を賭けてきた先輩たちの涙を見る度、入賞への壁は、とてつもなく厚く高く感じた。


そして、三年にに上がり、レギュラーとなったアタシは、ついに雪辱を晴らすことができた。


念願の中体連優勝を果たしたのだ。


あの時の興奮は、今でも忘れられない。


あの時の涙は、心から溢れ出た歓喜だった。


あの時の私は、人生で初めて何かを成し遂げた瞬間だったのだ。


だが、その後県北大会は予選敗退し、私の青春はあっけなく終わってしまった。


上には上がいることを思い知らされ、チームのみんなは悔しがり、落ち込む者も多かったが、そんな中アタシだけ違かった。


アタシは、心の底から安堵していたのだ。


決して手を抜いたわけではない。


精一杯プレーしたつもりだ。


しかし、環境の変化に気持ちがついていけなかった


中体連入賞を目指し、きつい練習も自主練も真剣にこなしてきたが、目標を達成したその後のことは、何も考えていなかった。


アタシの中では、中体連優勝までがゴールだったのだ。


県北大会出場決定したと知らされたとき、正直、何それ? って思ってしまった。


チームの士気が高まっている中、そんな野暮なことを口に出すわけにもいかず、空気に流されてしまった。


当日を迎え、初めて入る体育館、見慣れない生徒たち、あまりにも新鮮過ぎてきて、来てはいけない世界に足を踏み入れてしまったと感じた。


感情の雰囲気に飲まれ、試合中、本領発揮することができなかった。


怖くなってしまったのだ。


アタシにボールを渡すな、早く時間よ過ぎ去れ、頭の中は恐怖で圧迫していたのだ。


我ながら最低だと思う。


だが、あの時の私は、最高だったとも思う・・・・・・・・・


想定外のことをこなすには、平常心と空元気がなければ成り立たない。


結果、惨敗したが、わかったこともある。


私には、もうバスケに未練はないということだ。




「━━先輩達から何度もお誘いされてんでしょ?」


「まァね。

その度に勉学に励みます、って断ってるけど」


「下手な嘘ついちゃって…」


「嘘はついてないじゃん。

授業を受けているだけでも、勉学に励んでることになるでしょ。

課題もそう。

家でちゃんと勉強してるんだから、間違ったことは言ってないよ」


そう言ってカフェラテを飲み干し、道端の自販機のそばに設置されてあるゴミ箱に、空のペットボトルを入れる。


「じゃあ、次は何部に入るの?」


「入らないよ」


「えッ!?」


サラは、耳を疑い、つい間抜けな声を出してしまった。


「これからは、興味が湧くものを探すよ」


そう言ってるうちに三叉路に出た。


ここからは、帰り道が別となるため、アタシは軽く挨拶を交わし、サラと別れた。


その時、アタシは、あることに気づき、足を止め、制服の裏ポケットやバックの中を手探りし始める。


「…」


マジか…。


どうやら、スマホを忘れてきてしまったようだ。






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