一章 楼上の花

「丁か半か!」

「丁!」

「半!」

 廃寺で行われた違法賭博。

 金がありそうには見えない身なりの男たちが七人ほど集まっている。

 周りの人間は賭けない。はじめに喧嘩を打ったのは男装姿の逢花。乗っかったのはこの寺で仕切ってる巨漢の主人。

 主人はこれまで賭博で儲けてきたのだろう上等な衣と装飾品を、逢花は同等の紐に通した金を。主人にはスリで稼いだと言った。それなりの金の多さだったからだ。

 緊張が走るなか男達はずいずいと頭を中心に持ってくる。

 逢花は丁、主人は半。

「へへへ、ガキ。お前の負けだ」

「はん、どうだがな」

 逢花は壺振りの男の奇妙な動きに気付いていた。壺振りは片手で壺を押さえ、もう一方の広げた手を床についている。イカサマをしていないと証明するためだ。

 だが、いま逢花の目の前で壺振りは人差し指で壺を軽く叩いた。普通の人間であれば、ただの癖だと思うだろう。それだけでは中の賽を動かすことも壺を動かしているようにも見えないからだ。

 ふん、せこい男ね。異能持ち・・・・、風を操る男が壺振りとは。

 しかし、腕の良い壺振りなのだろう、壺を振る音で賽の出目を自由に決め、主人が賭けた方に異能で変える。

「虚勢を張るのもいまだけだ、そら!」

 男の声と同時に、壺振りが持ち上げようとした時、逢花は立ち上がってその壺を勢いよく足で踏みつける。

 その勢いで壺は割れ、賽も爆ぜた。壺振りは「ぐあぁ」と叫び腕を引く。皆の視線が壺振りに向く。「ほら!」と大きな声で男たちの視線を盆台に集中させる。

 男たちがこぞっと壺があったところを覗く。そこにあるのは地に着いた面の賽の破片。

 逢花は破片の中から平たいそれを手で摘み、男たちに見せた。

 サンゾロの丁。なら反対は――ジゾロの丁!

「俺の勝ちだ」

「こんのクソガキ!」

 巨漢の主人が逢花に殴りかかった。しかし、その拳は空を切る。

「インチキだけじゃ飽き足らないのか?」

 拳を躱した逢花は主人の顔に蹴りを食らわせる。逢花の細い足だけでは、巨漢の主人を簡単に倒せないことを、ここにいる男たちは自信あり気に見ていた。

「ぐああ!」

 しかし、巨漢の身体は血飛沫をあげて後ろに吹き飛んだ。

 主人がやられ焦ったのか次々に襲い掛かってくる見物人。偽客サクラが動き出す。

 やはり、こいつらの縄張りなのね。

 この辺りを通る旅人や商人に賭博の話を持ち掛け誰にも見つからないと巣におびき寄せ、偽客サクラが次々に集まり客の心に火を点ける。結果、総ぐるみのインチキで負けさせ身ぐるみを剥ぐ。

 こいつらは逃げようとした人間を何人も殺してきた。――ただ、その様子を見てしまっただけの無関係のもんまでも。

 逢花は五人の男を次々と倒していく。その動きは軽やかでまるで美しい花の上で舞う蝶のよう。男たちはその蹴りに呻き、血を流しながら床に倒れる。

「お、お前何をした!」

 壺振りの男が逢花に向かって叫んだ。

「あんたと同じことだよ」

 壺を壊した時も同じ力を使った。身体の部位、足に風の異能を起こしたのだ。逢花の蹴りを受けた男たちは、傷のほうは擦り傷程度の軽傷だが、暴風と同時に頭を蹴られたことで脳が揺れ失神しているだけである。

「お、お前も薬を飲んだのか? な、なら俺たち同じ兄弟だよな」

「くすり?」

「ああ、俺は西原の呉服屋前の橋の下でもらったんだ。お前はどこでもらったんだ?」

「何を言ってるんだ?」

 薬ですって? この男が持ってる異能もその薬が原因なのかしら? なら――

「え?」

 ドゴッと音を立てて壺売りの腹に一発蹴りを食らわせた。その反動で薄い身体の壺振りは気を失った。

「もっと話をしたかったんだが、そろそろ用事があってね。こわあい行所のおじさんたちに話しを聞いてもらえよ」

 

 男達を慣れた手つきで寺の柱に括り付け、逢花は白い四角い紙と筆と墨が入った壺の矢立やたてを懐中から取り出し、状況を伝える内容を書いたその紙で鳥を作った。

「松平のおじさんのところまで頼むわよ」

 寺の外に出て、鳥の形をした紙に息を吹きかける。すると、その紙は鳥の姿へと変化し、逢花の知り合いの奉行人の元へと飛んでいった。

 暗闇から姿を現した逢花の姿は吉原一の美貌を上手いこと隠した美しい男の容貌だった。髷は結ばず頭の上で束ね、肌の色は健康に焼け、胸をさらしで潰し、華奢だが下駄を履いてより高い背に、山吹色の着流し姿は江戸の美青年である。


 鳥を放った逢花は寺を囲む森の方を振り返る。

「もう出てきていいわよ」

 逢花がその言葉を森に向かって声を掛けると、木をすり抜けて少女が姿を現した。おかっぱ頭のまだ十にも満たない子供だ。

 隠れてなくてもいいのに。

 少女の身体全体はその先の景色を遮ることが出来ていない。それは、少女が生者でないことを明らかに示していた。

「ごめんね、遅くなっちゃって。教えてくれてありがとう」

 少女は逢花を見上げると笑みを浮かべた。

 逢花は懐中から小袋を取り出し、紐をほどくとそこから四個飴玉を取り出した。

「お兄ちゃんと仲良く食べるのよ」

 少女の手を掴み、手を開かせて飴玉を落とした。

 少女は不思議そうに逢花と飴玉を交互に見る。

「ふふ、ほらお兄ちゃんが待ってるよ」

 少女は後ろを振り返る。そこには少女と同じ姿の少年が手を振っていた。

 少女はまた振り返って逢花に「ありがとう」と口元を動かして伝えると、走って行った。そして、二つの小さな背中は風に乗って消えてしまった。

 逢花は飴玉を一つ取り出して、まだ袋いっぱいの小袋を懐中に仕舞った。

「うん。味がしないわ」

 少女に渡した飴玉はまだ三つも袋にある。味がしないから金月楼に戻ったら他の飴と溶かして水仙と梨花と食べよう。自分が世話を見ている二人の禿を思い出し、味のしない飴玉を口の中で転がす。

 人を待つほど暇な立場ではないが、逃げられでもしたら面倒が後から降りかかってくるので、諦めて境内の上に横になり待ち続けることにした。

 早く、岡っ引きでもいいから賭博と人斬りの罪人を引き取りに来ないかな。

 逢花はふと、馴染みの客が噂をしていた辻斬りを思い出した。

「短刀で腹を斬る辻斬り……」

 逢花は昼下がりの陽の光を受けながら目を閉じた。

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