蝉の声

ああ、もう蝉が鳴く季節か。久しぶりに外へ出て気付く。日々を怠惰に過ごしていれば、季節の感覚も無くなっていくんだなと、ふと思う。


蝉、蝉か。昔は蝉が鳴き始めると、夏が来たって喜んでたっけな。それと同時に夏休みの宿題に追われて、肩を落としてたっけ。


懐かしいな。今はそんな高揚も、あのなんとも形容し難い青春とも捉えられるような感覚も、僕は失ってしまったようだ。昔感じていたあの感覚が微かに胸を擽るけれど、それがどんなものだったかはっきりと思い出せない。


腹が立つぐらいに晴れ渡った空、乾いた風で舞い上がる砂埃の匂いすらも遠い記憶のように色褪せて、すっからかんな僕の心を慰めるんだ。


まだ僕は生きているさと、なにも終わっちゃいないんだと少しはそう考えてみるけど、なかなか上手いこといきそうにない。


でも、それでもいい。いいんだ。失ってしまったと感じる事と、忘れてしまったと感じる事は同じじゃない。本当の喪失は、それ達が僕の心から完全に無くなった時だ。


だから僕は生きている。今ここで昔と変わらずに生きている。少しでもいい。感じるあの青い感覚を忘れずにいれば、生きていられる。


まだ大丈夫、と言い聞かせて僕はいつもより近い空を見上げる。目と脳の間がツーンと痛い。それすらも懐かしいと感じていれば、蝉の鳴き声は瞬く間に鳴り止み、それを合図にするかのように僕は一歩、灼熱のアスファルトを踏みしめた。

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