3月23日(木) 次は開幕。でも、弱気

「あら、いらっしゃい。今日は、村尾さんと一緒なんですね」


「ん?俺以外と一緒に来るような相手っていたっけ?」


「実はね……」


店に入るなり、女将は昨日あったことを村尾に説明する。いささか、気まずい思いをするが、やましいことは何もしていない。連絡先を交換して、それから今度遊びに行こうと約束しただけだ。


「てめえ……俺が課長にいじめられている間に、そんな羨ましいことを……」


だが、村尾には通じずに、ねたまれてしまう。そして、今日はおごらされる羽目になってしまった。ズル休みをした村尾が悪いのに……解せぬ。


「それで、何になさいます?」


「とりあえず、生で。あと、お勧めのアレを」


「畏まりました」


席に着くなり、女将にオーダーを告げると、左程の時間がかからずに、ビールとお通しが運ばれてきた。今日は、オープン戦も高校野球もお休みだが、仕事の終わりには、このキンキンに冷えたビールはたまらない。


「それでは、改めて日本の世界一に乾杯」


すでに、ヒンダと昨日やったが、もう一度村尾とジョッキを重ねた。


「それにしても、やっぱり阪神勢は影が薄いな。スマホを見ても、記事があまりないし……」


「だな。まあ、覚悟していたとはいえ、寂しいな」


「しかも、中野。小柄だから、埋もれている感半端じゃないし。一体、どこおるねんって思ったわ!」


「それでも、今までの中では活躍した方だろ。準決で湯浅が崩れていたら、あそこで負けていたし」


「でも、あれは吉田さまさまだろ。ファンとしては、モヤモヤするわ」


「あと、源田だな。休んでくれていればいいモノを……」


「そうだよな。中野、折角頑張ってたのに、不憫だったわ」


「それでも、何試合かスタメンで出れただけでもマシかもな。追加で召集されたソフトバンクの牧原はたったの2打席……」


「そう思うと、近本が選ばれなくてよかったと心から思うよ。最有力候補として名が挙がっていたからな」


「でも、その近本もオープン戦は1割台……。いつも通りのスロースタートだけど、そこまで、栗山さんが見抜いていたとしたら、マジすげえな」


村尾はお通しの牛筋煮込みを食べながら、そう言った。


「だけど、これでいよいよ開幕だな。今年こそ、アレしてもらいたいな」


「せやな。ほやけど、鳥が弱気になっとったで。あいつは横浜だってさ……」


「まあ、品行は完全にあかんけど、なりふり構わず凄いの獲ったからな。元々打線が強いから、脅威には違いない」


「はあ……今年も横浜銀行は、財布のひもが固いか……」


「まだ始まってないから、そうとは限らんけどな。それよりも、気を付けなければいけないのは、世界最強の中日ドラゴンズ様だろう。世界一の侍ジャパンに唯一土を付けたんだから」


「だな。もしかしたら、次は宇宙制覇すらしてくれるかもしれんぞ」


「あはは、違いない。そしたら、ドアラのバク転も復活だな!」


去年のドラム叩きは意味が分からなかったから、やはりバク転は必要だと村尾は力説した。


「へい!お待ち!」


そのとき、威勢よく置いたそれは、いつものお勧めのアレ。


「今日のこれは何ですか?」


「『閑古鳥の焼き鳥』ですよ。ほら、今日は野球がないから、お客さん少ないでしょ。ネタもあまりないんですわ!」


そう言えばと思って店内を見渡せば、昨日に比べて客は半分以下だ。


「ああ、早く開幕しないかな。商売あがったりですわ!」


大将が冗談めかしくそう言ったのを受けて、違いないなと思い、村尾と共に笑った。

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