3月22日(水) WBC優勝を祝して

「いらっしゃい。あら……?昨日の方ですね。今日はおひとりですか?」


昨日と同じように、2003年の優勝ロゴが入った暖簾をくぐると、トラ柄の着物を身にまとった美魔女が微笑みかけて訊ねてくる。


「実は……村尾の奴、ずる休みが上司にバレて、時差出勤となりまして……」


「あらら……」


ホント、馬鹿な奴だ。「親が入院することになったから休む」と会社に連絡しておいて、世界一になった歓喜のLINEを間違って上司に送るとは。もちろん、上司は笑って許してはくれず……遅れて出社した分、居残りを命じられたのだ。


「それじゃ、今日は来れそうにないですわね。隣がいるけど、そちらでどうかしら?」


「ええ、構いませんよ」


そう言われていった先には、金髪の女の人がいた。チラッと見たが、若くてかなりの美人だ。出るところも出ている。


「あの、何になさいます?」


鼻の下を伸ばしていると、大将から声を掛けられる。


「え……ああ、まずは生と、お勧めのアレを」


どこか取り繕うようにしてオーダーすると、左程の時間がかからずに、ビールとお通しが運ばれてきた。


「それじゃ、世界一に乾杯」


ジョッキを重ねる相手はいないので、ただ掲げただけだったが……となりの彼女がカチャンとグラスを当ててくれた。


「あ……どうも」


「いいよ。世界一おめでとう。……くそ、次は必ずうちの国が勝つけどね」


そう言って、彼女は悔しそうにしてグラスを煽り空にした。


「もしかして、本当にアメリカの方ですか?」


「そうよ。ダルが出てきて貰ったと思ったんだけどね……なんで、9回大谷出すかな。ズルいわ」


「そう言われても……。それにしても、日本語上手ですね」


「まあ、父親の仕事の関係で子どもの頃にこっちに来て、彼是もう17年住んでいるからね。自然と上手くなったわね」


「そうですか」


残念なことに、自分の会話力ではここまでが限界の様だった。折角のチャンスだというのに情けがない。次の話題が見つからず、彼女もやがて視線をテレビに向けた。画面には、大山が映っていた。


「はあ……キャンプで調子よかったんじゃないの?全然打たないじゃない。どうなってるの?」


すると、お姉さんはいきなり愚痴り出した。そして、思い出した。ここは阪神ファンが集まる店だということに。


「大山のファンなんですか?」


「そうよ。あと、佐藤君も好きよ。でも、どっちも打たないでしょ。一体、『どないなってんの』って言いたくなるわ」


「確かに全然当たりませんよね。でも、その分森下が頑張っていますが、そっちは気にならないんですか?」


「今のところはまだかな。だって、オープン戦で良くても、開幕したら全然だった選手もいるでしょ。だから様子見ね。相手だって、今はきっと打たせることで研究しようとしているだろうし……」


「まあ、それもそうですが……」


「それにね、昔っからわたしが応援すると、なぜかみんな打てなくなるのよ。だから、ちょっとね……」


「それは気にし過ぎなのでは?」


「でも、今日だってね。結局負けちゃったでしょ。最後の場面だって、トラウトのホームランを願っていたのに。流石に気にしちゃうわ」


彼女はそう言って、テーブルに置かれたばかりのグラスもまた空にする。


「ぷはー!」


豪快に飲む口から、焼酎の臭いが漂ってくる。すると、見かねた女将さんが声を掛けてきた。


「ヒンダちゃん、もうその辺にしときなさいよ。じゃないと、お隣のお兄さんにお持ち帰りされちゃうわよ」


「大丈夫よぉ!わたしは呪いの女。このお兄さんだって逃げちゃうわ!」


ヒンダ……貧打?呪いの女?


いや、まさかと思っていると、大山が三振、佐藤がレフトフライに倒れた。一気に浮ついた気持ちが覚めていく。もしかして、本当にそうなのか?


「へい!お待ち!」


そのとき、威勢よく置いたそれは、初めに頼んだお勧めのアレ。


「今日のこれは何ですか?」


「『今日の味方は明日のステーキ』ですよ。来週には開幕でしょ。今日一緒に戦った仲間たちが敵になるわけで……それをイメージしました!」


「イメージしたって……これは、ちょっと……」


目の前には、よく焼けた……いや、焼け過ぎたステーキが置かれていた。それでも、折角なので一口食べようとするも、硬い……。


「あははは……やっぱり、無理があり過ぎましたか。いえね、お二人がどうなるのかなって気になってしまって、つい目を離してしまったんですわ!」


大将はそう言って、もう一度作り直すと言って謝ってきたが、その言葉に隣のヒンダさんと一緒になって笑った。


「ねえ、また来るんでしょ。連絡先くらい交換しない?」


「いいですよ」


笑い終えた後に、彼女が提案してきたので、これを快諾した。『貧打の呪い』は気のせいだと思いながら、スマホを取り出して連絡先を交換したのだった。

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