居酒屋「虎の涙」は、今日も営業中♪
冬華
3月21日(火) WBC準決勝勝利を祝して
そこは、外観から「いかにも」という感じの居酒屋だった。入り口には、「虎の涙」という店の看板と共に、タイガースの球団旗も飾り付けられている。そして、暖簾をくぐると……そこには黄色と黒の世界が広がっていた。
「いらっしゃい。ホームですか?それともビジターですか?」
そして、トラ柄の着物を身にまとった美魔女が微笑みかけて訊ねてくる。
「ホ、ホームで……」
隣に立つ村尾が鼻の下を伸ばしながらそう答えると、女将らしきその女性は、カウンター席の中でもテレビが良く見える場所に案内してくれた。
「なあ、ホームとビジターってなに?」
「ホームは阪神ファンの席で、ビジターは他球団の席だ。ビジターは……ほれ、あそこになる」
村尾が指をさしたその場所は、テレビの横側に位置していて、映像を見ることができない。カウンターに2席と、4人掛けのテーブル席が一つあった。
「まあ、テレビが見れないだけで、料金が高くなったり、サービスが悪くなったり、そんな差別はないけどな」
「なるほど……」
阪神ファンが集う店だと聞いていたので、もっと排他的なのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「あの、何になさいます?」
「まずは生2つと、お勧めのアレを」
「畏まりました」
女将はそう言って伝票にメモを取り、カウンター内にいる大将に伝えた。すると、左程の時間がかからずに、ビールとお通しが2つずつ運ばれてきた。
「それじゃあ、WBC準決勝のサヨナラ勝ちを祝して!」
「乾杯!」
ジョッキを重ねて、喉にビールを流し込む。美味いと感じた。
「それにしても、明日の決勝戦は朝8時か……。今日みたいに見れないのが辛いな」
「そうだよな。岸田のやつもウクライナになんか行ってないで、明日祝日にしろっていうんだよ」
「まあ、アイツが応援している広島からはだぁれも参加してないからな。興味ないんだろ」
「言えてるな。今日みたいな日にテレビ見なくて外国をウロウロしているなんて、それ以外に理由はないな」
「フランスの大統領を真似して、ウクライナじゃなくて、マイアミに極秘訪問すれば、支持率もちょっとは上がるというのにな」
「もったいないことをしたもんだ」
わはははと笑いながら、グラスが空になったので追加を頼む。
「しかし、今日の試合……村上が決めたけど、次、中野だっただろ?正直、バントしろよって思ったわ、俺」
「ああ、俺もそう思った。そうすれば、中野がヒーローだったのになって。ホント、美味しい所を持ってかれたよ」
「あと、やっぱり湯浅はすげぇな!去年メジャーでホームラン30本越えの4番を空振り三振に仕留めたのはすごかった!」
「次のバッターには打たれたけど、あれだって、甲斐がフォーク取れなかったらってビビってたからやろ。改めて、梅野の偉大さがわかるわぁ!」
「確かに、梅野やったら、ワンバンドさせる球を要求してたやろな。そしたら、三振やったわ」
「それにしても、大山はいつ打つんやろな?そろそろ、オープン戦も終わるで」
「佐藤も相変わらずだし、いっそのこと西純を4番レフトでいいんとちゃう?」
「ホンマ、その方が打つかもな。せめてもの救いは森下だけやし」
「森下4番でもええかもな」
「へい!お待ち!」
二人の前に威勢よく置いたそれは、初めに頼んだお勧めのアレ。
「今日のこれは何ですか?」
「『明日もカツ』ですよ。今日はそれ以外ないでしょ」
「なるほど。確かにそうですよね」
目の前にはロースかつが盛られた皿が置かれていた。大将曰く「労せず勝つ」にもあやかっているとか。
「今日みたいな接戦も面白いですがね、やっぱりボロ勝ちのほうが楽しいでしょ」
そして、明日の日本の勝利を祈って、ジョッキを重ねたのだった。
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