1-02  希代の天才魔法使い

 お風呂場でのエンカウントから数分後。


 僕は彼女が着替え終えるのを待ち、ワンルームの中心に置かれたテーブルを

 挟むような形で彼女と向かい合う。


 そして数瞬の後、意を決し先ほどまで脳内で考えていた質問を言葉にした。


「えっと、まずは確認なんだけれど、君は昨日道に倒れてた女性ってことで

 いいんだよね?」

「そうだよー」


 すると彼女、もとい夏目さんはぶかぶかになった自身の袖を持ち上げ回答する。

 だがしかしその姿は昨日見た女性とは随分とシルエットに差異がある。


 正直、顔の良さなど多少なりの面影はあるものの、小学生の様な見た目の彼女と

 昨日見た美女では天と地ほどの差があった。


「信じられないな」

「ま、そうだろうね。なんせこの私ですら今朝まで昨晩の出来事は夢であって

 ほしいと思っていたくらいだからね」

「…………どういう理屈なんだ?」

「この姿になった理由かい? そうだな、簡単に言えば私の身体から魔力が

 消えてしまった事が原因だろうね」

「魔力が消える?」

「そう。そもそも魔法使いっていうのはね、空気中にある魔素を体内に取り込んで

 魔力を生み出し、それを用いて魔法を行使する者のことなんだけど。体内の魔力が

 消える、即ち死なわけ。だけど昨日は君が来た時点で私は敵の攻撃によって体内に

 ある魔力をほとんど失っていたんだよ」

「だから身体が縮んだのか?」

「勿論それだけじゃない。故意ではないとはいえ、君を巻き込んだことの罪滅ぼし

 として君に魔力を分け与えたことも関係しているだろうね」

「僕に魔力を分け与えた?」

「そうさ」


「というかそもそも昨日のは一体なんだったんだ? どうして僕はまだ生きてる

 んだ」


 その問いを待たずに僕は続けて問いかける。


「そもそも魔法使いってなんなんだ?」


 そう詰問すると夏目さんは須臾の後、静かに二の句を繋げる。


「魔法使いっていうのはこの世界とは異なる次元に存在する魔法界に住む人間の

 ことさ」

「…………異世界ってことか?」

「正確にはこの世界とは地続きではあるんだが、まぁ魔法による結界で分断されて

 いる場所という意味では言いえて妙ではあるね」

「魔法界…………」


 ファンタジー作品などよく耳にする、割となじみ深い単語ではあるが――――

 まさかこうして現実の話として聞くはめになるとは思わなかった。


「それじゃあ、君はそこから来たのか?」

「そうだよ。そしてそれは”彼女”もそうだ」

「彼女って…………まさか昨日の?」


 コクリと夏目さんは静かに頷く。


「彼女の名は百目鬼めぐる。魔法界における死刑囚にして『最悪の魔女』と呼ばれる

 魔女だ」

「魔女――――それは魔法使いとは違うのか?」

「認識の違いだよ。魔女というのは悪い魔法使いを示す言葉なのさ。つまりこの世界

 でいうところの犯罪者だ」

「まぁ、二つ名からしてまともな奴ではなさそうだが。そもそも死刑囚なんだろ? 

 脱走したのか?」

「死刑執行のその日にね。しかも死刑執行者を一人殺害してる」

「凶悪犯じゃないか!?」


「(――――僕はそんな奴に殺されかけたのか!?)」


「というかヤバいんじゃないのか! そんな危ない奴が今こっちの世界で野放しに

 なってるってことだろ!」

「そうだね。ただそう狼狽することもないよ。今のところはね」

「…………どういうことだ?」


「彼女はあれで本調子じゃないのさ。負けたとはいえ私はそれなりに強い魔法使い

 でね。向こうも無傷ではない。それに直前まで幽閉されていたんだ。しばらくは

 まともに活動することはできないだろうね」

「けど、魔法使いなんだろ? こっちの世界じゃ十分に脅威じゃないか」

「だからこうして私がいるんじゃないか」


 すると夏目さんは懐から一枚の紙を取り出す。

 それは名刺であり、そこには『魔法探偵 夏目リリス』という表記が記されて

 いた。


「魔法……探偵…………」

「文字通り魔法界の何でも屋さ。こう見えて私は魔法界ではそれなりに有名人でね。

 地位と権力もそれなりにあって今はこっちの世界に住んでいるんだ」


 彼女の話に耳を傾けつつ、渡された名刺をまじまじと見つめていると魔法探偵と

 書かれたその下にあった別の文字を発見する。


「この喫茶マジカルリリスってなんだ?」

「私がこの世界で営んでいる喫茶店だよ。いくら魔法使いでも仕事がないと

 生きていけないからね」


 そういうと夏目さんはパチリッと指を鳴らしウインクをしながらこちらに

 人差し指を向けて答える。


「というワケで今から君をそこへ招待しようと思うんだがどうだろうか」

「今からか?」

「店には私の助手もいる。恐らく昨日から音信不通になっている私を心配している

 ことだろう」

「そういうことなら一人で行った方がいいんじゃないか?」

「いいや、そうはいかない。さっきも言ったが君はもう既にこの事件に巻き込まれて

 しまっている」

「どういうことだ?」

「……………………」


 そう問いかけると夏目さんは目一杯の深呼吸をした後、瞠目した様子を以てして

 その真剣な眼差しをこちらへと向ける。


「春時くん、君は――――呪われている」

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