第7話 後輩
「先輩ー、酒持ってきたっすよー」
時刻は深夜零時。
多くの居酒屋ではラストオーダーが終わって、店じまいをする時間帯。
当然、俺も本日の営業はすでに終了していて、もう歯も磨き終わって、寝る準備万端で布団に挟まっているのだが……そんな中、その男はやってきた。
「またのお越しをお待ちしていまーす……」
だから俺がそいつを無視するように布団の中で丸くなって背を向け、営業終了の旨を伝えるのは当たり前だろう。
「えー、そんなこと言わないで一緒に飲みましょうよー、ねー、ねー」
だが、そいつはそんな俺の対応なんてお構いなく部屋に入ってきて、布団の中で丸まっている俺を揺さぶり始める。
せっかく壊れたドアのカギを直したのに、幽霊相手じゃ意味無いな……。
「だぁー、わかったよ! うるせぇなぁ、一杯だけ付き合ってやるから、終わったらさっさと帰れ」
「やりぃー、流石先輩、付き合いいいっすねー」
「付き合わないと延々と居座られそうだからな」
この、人が寝ていようと構わず絡んでくる距離感がバグってる男は、俺がまだ生きて会社で働いていたころの後輩、
陽キャで、いつもテンション高くて、仕事の覚えが悪くて……うちの会社はそんなラフな社風じゃなかったから、面接のときは髪を黒く染めていたらしいこいつが、入社当日からいきなり金髪に戻して出勤してきたときから、ずっと周りから浮きまくっていた。
上司は皆、前時代的な、頭の固いやつばっかりだったから、当然、こいつの印象は最悪で、話しかけられても無視するわ、かと思えば面倒な仕事を大量に押し付けるわ、こいつがやってないミスもこいつのせいにして社員全員の前でガミガミと説教を始めるわ、本当、俺だったら三日で辞めてるレベルの扱いを受けていた。
俺がこいつと関りを持ったのも、そんなクソ上司が、直接指示を出すのが嫌だったのか何なのか知らないが、こいつに仕事を振る時は何かと俺を通して頼みやがるから、自然と、こいつと関わる機会は多かった。
そして、そんな風に関わってみたこいつは、実際のところ、見た目と言動以外は本当に真面目で、素直で、心当たりがないであろう説教も謝りながら最後まで聞くし、押し付けられた仕事だけじゃなく、手伝えそうな人の仕事も、誰もやりたがらない掃除や雑用も、ついでと言って片付けるような、本当に良い奴だった。
まぁ、真面目な社風の会社で、入社当日に金髪で「よろしくっす!」だったから、最初は俺も含めた平社員も全員マイナスイメージしかなかったが、働き始めて一年経つ頃には、一度己の中で印象を決めたら曲げないような頭の固い上司以外は、すっかりこいつと仲良くなっていたな。
今みたいに、相手の心境もパーソナルスペースもガン無視で近づいてくるもんだから、最初は戸惑うし、仲にはこいつが苦手だってやつもいたけど、「飲みに行きましょうよ!」のごり押しを一回でも許してしまった、俺みたいなやつは、もうこいつのコミュニケーション能力から逃れられなかった。
酒を飲めば同じ店に上司が居ようと大声で愚痴を叫びまくるし、飲み過ぎでトイレに籠って出てこないこともあるし、一緒に飲みに行ったら行ったで後悔することもしばしばあるんだが、翌日にはそんなことをケロッと忘れて、また元気に仕事をする。
きっと、俺も含めて、同じ平社員のやつらは、こいつの自由な生き方が羨ましかったんだろう。
だから、こいつが旅行先で事故にあって亡くなったと聞いた時は、社員の殆どが葬式で号泣した……。
会社に通達が来たときは、登山か何かで、足を滑らせてって話だったが、葬式で耳にした噂では、挨拶をしてすれ違った老人が転びそうになっていたところを助けて、代わりに落ちたらしい。
最後までこいつらしい、いいやつだな……と、俺もその時は、目に涙を浮かべて思ったものだが……。
「聞いてるっすかー? 先輩ー」
「ああ、聞いてる聞いてる」
まさかその数か月後に、自分もこいつと似たような状況で幽霊になって、しかも、こいつも成仏せずにフラフラしていたとはな……。
「ははは、それにしても、俺っちが幽霊だから誰にも迷惑かけないと思って、ご機嫌に鼻歌を歌いながら歩いてたら、見知った顔のおじさんに怒鳴られるんだもんなー、あの時はちょうビビったっすよー、いろんな意味で」
「いや、幽霊でも近所の迷惑は考えろよ」
「いやいや、幽霊で活動時間帯が生きてた頃と一緒なの、先輩と
「いつ寝ようと俺の勝手だろ? ってか、
「それは……」
「あー! いたー!!」
「やべっ、噂をすれば……」
一杯だけと言いつつ、三本目の缶チューハイに口をつけながらそんな話をしていると、窓の外から女性の大声が聞こえてきた。
どうやら噂の人物らしい、その人がいる方へと視線を向けると、そこには、窓の外をふわふわと浮かんでいる女性警官? の姿が……。
いや、今どきミニスカポリスの女性警官なんていないだろ……コスプレか何かか?
「
「え? 窃盗? お前……」
「んじゃ! 先輩! お先っす!」
「待ちなさーい!!」
そして、錬は入ってきたときと同じく、鍵のかかったドアをすり抜けて去っていき、それを追いかけるように、コスプレミニスカポリスが宙を飛んで目の前を通り過ぎていく……。
「……とっと」
と思ったら、そいつは扉の前で急停止した。
「えーと、あなたは、
「え? あー、まぁ、知り合いっちゃあ知り合いだけど」
「へー、じゃあ、あの子の住所って知ってるかしら」
「いや、知らないな……聞いたことないし、そもそもこの廃ビルから出たことないし」
「この廃ビルから出たことがない……? ここに住んでるってこと?」
「まぁ、そうだな、俺、ここの地縛霊だから」
「うーん、でも、ここの住所が登録されている幽霊はいなかったはずよ?」
「え? 住所登録? 幽霊にそんなの必要なのか……?」
「……」
「……」
「……あなた、お名前は?」
「俺?
—— カシャン ——
「……え?」
「午前二時十分、
「え? えぇえええっ!?」
「では、署まで連行しますね」
「ちょ、ちょっとまてぇぇえええええーー!!」
どうやら、今日も俺は安眠できないらしい……。
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