第6話 モーニングルーティン
ピピピピッ……ピピピッ……カチッ……。
「ふぁ~あ」
朝七時半。
俺は毎朝、決まってこの時間に起きる。
本当は、何となく空気が澄んでいる気がする、早朝五時とか六時に起きたいのだが、毎日何だかんだ寝る時間が深夜二時を過ぎるので、流石にそんな早く起きるのは無理だ。
シャコシャコシャコ……。
朝起きたら、とりあえず歯磨き。
当然、廃ビルの上水道が生きているわけはないので、蛇口をひねっても水道から水は出ないが、ネココが空きペットボトルにどこかから水を汲んできてくれているので、いつもそれを使っている。
どこから汲んできているのか聞いたことは無いが、きっと公園の水道とかだろう……そうだよな?
ガラガラ……ペッ……ジャバジャバ……。
口をすすいだら、そのままペットボトルの残りの水を頭からかぶって、寝癖を整える。
聞いたところによると、幽霊の殆どは飲食もしなければ汗もかかない、という世界に生きている……? らしいが、俺は飲食もするし、汗もかく。
とは言っても、俺だって、別に飲まず食わずでも、命を落とすわけじゃない……というか、もう落とす命が無い。
実際、しばらく前までは、飯も飲み物もネココが持ってきてくれないと手に入らなかったから、飲んだり食べたりするのは週に一二回程度だった。
まぁ……最近は色々あって、ほとんど毎日食べられているんだが。
とりあえず、食わなくても問題ないし、きっとポルターガイストの能力を使わないでずっと霊体化状態で過ごせば、汗をかいたり寝癖が出来たりすることも無いんだろうが……なんか、そんな生活つまらないよなぁ。
腹は減らなくても、ずっと何も食べてないと、何となく口が寂しくなるし、日本人なら夜は畳の上で布団に挟まって寝たいだろう。
ちなみに、食べるものを食べたら、当然出るものも出るだろう、と、思いきや、一体食べたものがどこに消えるのか、全く出てこない。
まぁ、よくよく考えたら、俺はポルターガイストの力を使って半実体化している間は現実のものに触れられるが、力を解除して霊体に戻ったら触れられなくなるのだから、食べたものが出るとしたら、その時点で出そうなものだ。
幽霊ライフのことは、あまり深く考えずに、便利な身体でよかったと思うことにしよう……廃ビルには機能しているトイレも無いしな。
コンコン。
濡れた頭をタオルで吹き終わると、そのタイミングで部屋のドアがノックされる。
そういえば、いつも決まってこのタイミングでノックされるなぁ……まぁ、お互い規則正しい生活をしている見出し、そんなものか。
ガチャ。
「おはようございます、礼二さん」
「ああ、おはよう、静子ちゃん」
朝一番の来客は、
彼女がこの廃ビルの屋上から落ちそうになっていたところを俺が助けて、代わりに命を落とした……と、彼女の中ではそうなっているようで、感謝のつもりか、謝罪のつもりか、はたまたその両方の理由からか、こうして毎日甲斐甲斐しく俺に世話を焼きに来てくれている。
この世界に生きていない俺なんかのために時間を使わないで欲しいと……お礼も謝罪も一度だけで十分だと……そう何度も説得し、こういった彼女の行動を止めようとしたのだが……。
『わたしは今も、礼二さんに命を救われ続けているんです……』
と、今にも夏の空に溶けてしまいそうな儚い顔で、そう呟いたかと思うと……。
『それでも止めろというなら……さよなら……っ』
と言って、窓から身を乗り出そうとするので、もう無理に止めようとするのはやめた……。
……まぁ、そのうち学校で彼氏でもできれば元の生活に戻れるだろう。
「今日のお弁当は、じゃじゃーん……何に見えますか?」
「うーん……」
おそらく、顔……だろう。
……丸みを帯びた、白い顔だ。
目は大きく、黒い。
……ただその場所に大きな穴が穿たれたような、深淵。
デフォルメされているため、本来の口の形状はよく分からないが、表情らしきものは感じられない。
うん、どこから見ても、ドクロだな……。
だが待て、女子高生が、キャラ弁と称したお弁当に、ドクロの意匠を施すだろうか……。
その答えは……否。
つまり、この、どこからどう見てもドクロにしか見えないキャラクターは、それに近い、可愛い動物か何かだ……そして、そこから導き出される回答は……!
「パンダだ!」
「ドクロです」
「ドクロかーい!!」
「何となくこちらの方が親しみやすいかと思いまして」
「HAHAHA」
とまぁ、そんな感じで、彼女が学校に行く途中でここに寄り道をして、どうやら家で手作りしてきてくれているらしいお弁当を持ってきてくれるので、俺はネココの配給を待つことなく、こうしてほとんど毎日、食事にありつけている。
デザインセンスこそ謎だが、おそらく家庭科の成績は毎シーズン満点を叩き出しているであろう栄養バランスと味を備えているお弁当は、太ることのない身体に反して舌を肥えさせ続け、そろそろネココの持ってくる廃棄弁当に対して美味しいという感想を言えなくなってしまいそうな域に達していた。
将来は良いお嫁さんになりそうだな……。
「じゃあ、わたしはそろそろ学校に行きますね」
「おう、気をつけてな」
「はいっ」
そう言って手を振る彼女に俺も手を振り返し、その後姿を見送る。
これが、俺の平日の、モーニングルーティン。
特に外出する予定も無く、家から出るとしても庭を散歩する程度だから、別に服なんか着替えない。
というか、そもそも出かけたくても地縛霊だからこの廃ビルの敷地から出られないし、服を買いに行くための服がないどころか、服を買いに行くための服を買う金も店もない。
一応、ネココに頼めば、どこかからか、それなりに綺麗なワイシャツとかを持ってきて、霊体化させたままの状態で置いて行ってくれるので、何着かの着替えはあるが、まぁ綺麗な服を捨てる奴はそうそういないし、選べるほどではない。
ちなみに、霊体化させていない状態の服も俺が半実体化した状態なら着ることが出来て、その状態だと、普通の人には服が浮いて見えるらしい。
俺はたまに、その状態で人前に出て、夜中に廃ビルに入ってきて騒ぎ出す連中を驚かせて追い出したりしている。
「さて、今日は何をして過ごすかな」
青い空、流れる雲……流れていないかに思えて、確かに流れている時間。
俺は今日も、夜にぐっすり眠るため、昼間は身体や頭を動かして、ほどほどの疲れを求める。
寝るために運動したり遊んだりするなんて、まるで子供の頃に戻ったような生活だが、大人になってからのこんな生活も、案外、悪くない。
……寝れればね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます