第5話 TV出演
最寄駅は、都心まで電車で二時間圏内……。
町の人口もそれなりに多く、駅の近くには大きなビルや商業施設も立ち並んでいる、決して田舎ではないが、都会と呼べるほどでもない場所……。
日本経済が盛り上がっていた時期、そんな田舎以上、都会未満のこの町を、都会に仲間入りさせようという動きがあり、駅から少し離れた場所にも都市開発の手が伸びたのは必然と言えるだろう……。
そして、その都市開発の途中で日本経済上昇がストップし、建築工事が途中で放棄された建物が多く残されてしまったのも、必然と言えるだろう……。
この廃ビルも、その一つ……。
噂では、このビルを建てていた会社が経済悪化の波に飲まれて倒産し、そんな未来が来るとは考えもせずこの事業に莫大な投資をしていたオーナーが、借金で回らなくなったその首を括ってしまったという……。
……この場所で。
「……さぁ、と言うわけで、やって参りました! どうも皆さんこんばんは! グラビアアイドル兼、心霊調査隊の、
「本日も前回に引き続き、ゲストに霊媒師の
「どうもどうも、小生、飛鳥時代から百代続く霊媒師の末裔、
手入れのされていない、ボロボロで砂埃だらけの廃ビルの入り口にいるのは、流石グラビアアイドルという抜群のプロポーションを持つ若い女性と、あまりにも大げさすぎる、いかにもな恰好をした、自称霊媒師の、中年のおっさん。
彼女たちが開きっぱなしの入り口を背に視線を向けている先には、カメラやマイク、照明などを持った数人のスタッフが並んでおり、これまたいかにも撮影現場ですと言った雰囲気を醸し出している……。
生前は、家の近所で何かの撮影をやっているなんて噂があれば、野次馬根性を発揮して見に行ったもんだ。
それに加えてさらに人気の女優やアイドルがいると来たら、知り合いに自慢するために、多少距離が離れていても間違いなく見物しに行っただろう。
だが……。
(まさか、見に行くどころか、自分の家に押しかけてくるとはなぁ……)
時刻は既に、深夜を回っている時間帯……。
最近ずっと続いていたんだが、今日は特に、昼間のうちから、やけに知らないやつの出入りがあるなーと思っていたら、あれは撮影現場の下見をしていた番組スタッフだったのか。
その時は、夜になる前に帰っていったし、特に大声を出したりして騒いでいる様子も無かったし……。
まぁ、俺の住んでる部屋に入ろうとしていた時は焦ったが、しっかり鍵をかけた上で簡単にバリケードも張ったから問題なかったし、それほど実害は無いだろうと完全に油断していたが……そうか、本命は夜だったか……。
「それで、早速ですが伊禮先生、ここが、不況の波にのまれてしまったオーナーが、建築の途中で自らの命を断ってしまった場所と噂される廃ビルですが……」
「キェエエエエイ!!」
「きゃっ……! な、なんですか!?」
「感じます……感じますよ……」
「か、感じるって……ゴクリ……な、何を……」
「これは……確実に、見られてますね……」
……まぁ、俺が見ているからな。
「えぇー……そ、それって、幽霊ってやつですか?」
「はい……あ、ほらっ! あそこ……分かりますか……? うっすらと、人影のようなものが……」
「えぇええ!? ……ほ、本当ですか!? ……わ、私には何も見えません」
……まぁ、俺がいるのはそっちじゃないからな。
ってか何だよ、この自称霊媒師、恰好からして胡散臭い……いや、もはや、胡散臭さが胡散臭い服を着て歩いているようなおっさんだとは思っていたが、俺がどこにいるか分かってないとか、本当にインチキ霊媒師かよ……。
生前、夏になると盛り上がっていたこういう番組、胡散臭いと思いながらも、リアクションを取る役の女性タレントの反応とか、大げさに視聴者を怖がらせようとする番組側の演出とかが面白くて見ていたが、本当に幽霊云々はデマだったんだな。
(はぁ……心霊写真とか、番組中のいくつかの心霊現象は、本当にあるかもって、何だかんだ期待してたんだがなぁ……)
(呼ばれて飛び出てニャニャニャニャ~ん♪)
(ぎゃぁあああ!! 出たぁあああああ!!!)
俺がそうため息をつきながら壁にもたれかかると、そのすぐ横の壁からにゅっとネココが顔を出してきた。
(にっしっし、礼二くんは相変わらずいい反応をしてくれるニャ~)
(いや、タイミングと出る場所よ……お前はお化け屋敷のスタッフでもやってたのか?)
(えぇー、そんなに褒められても、今日は特にあげられるものを持ってきてにゃいニャ~)
(いや、褒めてないけどな?)
生前の心霊番組の記憶を思い出していたこともあって、今回はいつもより少し大げさに驚いてしまったが……そうでなくとも、暗闇の中で急に認識の外、人が絶対に現れないであろう場所から人影が現れたら、普通にビビるだろ……。
番組の演出なのか、撮影が始まってからずっと、ちょっとしたノイズとか虫の声とかの環境音がスタッフの持つスピーカーから流れてるし、雰囲気だけは抜群だからな……。
(っていうかネココ、漫画の新刊が無いならなんで来たんだよ)
(そりゃあ、なんかこっちで面白そうなことをやってるって聞いたから、やじ馬をしに来ただけだけど……っていうか……礼二くんの中で、ネココって漫画の新刊を持ってきてくれるただの美少女ってことになっているのかにゃ?)
(まぁ、美少女かどうかはともかく、本屋の店員さんだとは思ってるな)
(酷いにゃ!)
そんな風に、どうやら俺と同類だったらしい、新たな野次馬……いや、野次猫も加わったところで、番組は最初の掴みと長い前置きの説明などを終えたようで、廃ビルの中へと入っていく。
俺たちも、これも幽霊になって良かったことの一つになるのか、姿が見えていたら絶対に撮影の邪魔だと言われて追い出されそうな距離で、その後に続く。
「時間帯のせいもあって、やっぱり雰囲気がありますねぇ……」
「それはそうですとも……幽霊にとっては、今からが活動の時間帯……この時間なら心霊現象が起こっても不思議ではないですよ……?」
(俺は寝ようとしてたところだがな)
(ネココも普段だったら寝てる時間帯だにゃ)
うん……やっぱりこのインチキ霊媒師、全然あてにならないな……。
「っ……! しぃー……ほら、聞こえますか? 今も誰かがヒソヒソ話す声が……」
「ひぃー……ほ、本当ですか? 例のオーナーでしょうか……な、なんと言ってるんでしょう?」
(やーい、インチキ霊媒師ー、円形脱毛症ー)
(おいネココ、インチキ霊媒師はともかく、円形脱毛症はやめてさしあげなさい)
「……これは、時代の移り変わりを嘆いているような、そんな声ですね」
いやまぁ、髪の生え変わりを嘆いてはいたけれどもね……まったく、本当に適当だな、このおっさんは。
「ほらそこ!」
……と思ったら、おっさんが急に振り向きざまに指をさした丁度そこにネココが。
「っ! 今度はなんですか?」
「これは、女性の霊……でしょうか……」
おお? 珍しく当たったな。
まぁ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる……か。
「女性の霊……ですか? いったい、どんな霊でしょう? ……はっ! まさか、最近噂の……?」
「最近の噂……ですか?」
ほう、最近この廃ビルが噂になるようなことがあるのか?
まぁ、俺が睡眠妨害する奴らにちょくちょくポルターガイストをお見舞いしてるからな、噂にもなるか……。
女性の霊ではないが、姿が見えないポルターガイストの噂なんて、そんなものだろう。
「最近、殆ど毎日、制服を着てこの廃ビルに足しげく通っている、女子高生の幽霊がいるという噂が……」
そっちだったかー……。
(? 礼二くん、急に頭を抱えてどうしたの?)
(いや、何でもない……)
まぁ確かに、いろんな意味で、俺よりもあいつの方が、よっぽど超常現象っぽい存在だよな……色んな意味で……。
「それはきっと、オーナーの娘さんでしょうね……きっと寿命を全うした後、先に旅立ったままこの廃ビルに囚われている父親が不憫で、職場にお弁当でも届けているのでしょう……」
「そんな……なんて健気な……」
うん、まぁ、確かに健気で、実際にお弁当を持ってきてくれたりすることがあるのも事実なんだけど、ちょっと違うかなー……主に、動機とか、相手とか。
「いやしかし、ここにいるのは、その娘さんの霊ではありませんね……」
「また別の霊が……?」
「はい……これは……オーナーの奥さん……でしょうか……」
あー、はいはい、また始まったよ、トンチンカン霊媒師さんのありがたい霊視が。
「ずいぶんと若作りしているようですが……実年齢は、三十代……いや、四十代でしょうか……化粧で誤魔化していても、その魂が直接見える小生には分かります」
(はは、ネココが四十代のおばさんだってよ、ははは……は……あれ? ネココ?)
「いい歳なのに若い女性のような格好をして……きっと自らの死も含めて、現実というものが受け入れられない性格なのでしょう」
おーい、ネココー? ネココさん? 見覚えのあるその机、どこから引っ張ってきたの?
いくら物を霊体化して運べるっていう、俺より上位のポルターガイスト能力を持ってるからって、それ、俺の部屋から持ってきたよね、大変だったでしょう? 戻さない?
(礼二くん、今この机を実体化したら、どうなると思うかにゃ?)
(インチキ霊媒師の幽霊が生まれてしまうと思います。はい)
今まで見たことがないようなニッコニコの笑顔だけど、なんか怖いよー? 本気じゃないよね?
(そっかー……うーん、このおじさんがこっちの世界に来ちゃうのは嫌だねー)
(うん、そうだねー)
(はぁ……わかったにゃ、じゃあ、戻してくるよ)
(はーい、いってらっしゃーい)
……。
うん、命が大事なら、女性に年齢の話題は振っちゃダメだね。
「え? 本当ですか?」
(ん?)
どうやら、俺がネココをなだめている間に、番組に進展があったようだ。
「皆さん……ここで、番組スタッフから、新たな情報が渡されました」
ふーん、番組スタッフからの情報ねぇー。
今までの流れから考えても、これはもう、「番組スタッフがやらせを用意しましたー」と言っているようにしか思えないね。
ふぁーぁ……流石にもう遅い時間になってきたし、続きも気になるけど、今後も分かりやすい展開が続きそうなら、そろそろ寝ようかな……。
「なんと、この今はもう誰にも使われていないはずの廃ビルに、一つだけ、開かずの間があるそうです……」
開かずの間ねー、まぁ、心霊番組にはよくある展開だよねー。
……ん?
「それを今から、開けようと思います! では、さっそく現場に向かって見ましょう」
あれ? ちょっと待って、そっちって……。
「着きました! どうやら、ここが開かずの間らしいです……うーん、確かに、鍵がかかっているようで、開きませんねー」
はい、俺の部屋ー! 知ってましたけどねー。
そりゃあ、他の部屋には扉が無かったり、鍵がついていなかったからこの部屋を自室に選んだんだもん、鍵くらいかかっているさ。
「では、ここはやはり、プロの霊媒師の方のお力をお借りしましょう……伊禮先生、よろしくお願いします」
「はい、承りましたよ……ふんにゃらびほれほれあらぱーにょすりらーにょ……」
そう話を振られたインチキ霊媒師は、何だかよく分からない呪文のようなものを唱え始めると、扉の前から少しずつ遠ざかっていく。
なんだ? 扉に向かってレ〇ガンでも撃つつもりか?
「ふんにゃらほんにゃらぁ~……チェストぉぉおおおおおおお!!!」
ドスンッ。
助走をつけてタックルしたぁあああ!! 呪文の意味ぃいいい!!!!
「さすがプロの霊媒師の方のお力ですね! 今、少し鍵が歪む感じの音がしました! あともう一度、伊禮先生に体当た……霊媒タックルをしていただければ、鍵が外れそうです!」
霊媒タックルってなんだよ! るあちゃんも言いかけた通り、ただの体当たりだったよ!!
くそっ……マジで俺の部屋の扉を破壊するつもりかよ……器物破損で訴えたいところだが、まぁ、実際は俺の部屋じゃないし、物理的にも法的にも俺からは訴えられないんだがな……。
はぁ……明日から修理するまで鍵無し生活かー……。
まぁ、鍵を壊されたところで扉の向こうにバリケードとして重い事務机が置いてあるから扉が開くことは無いんだけどね……なんせ、上から降ってきたら命の危険があるくらいの重い机だから、そう簡単には……あれ?
「ふんにゃらびほれほれあらぱーにょすりらーにょ……」
(あ、いたいた、礼二くん、部屋に戻ってきてたんだね……お客さん連れて)
(いや、俺が連れてきたわけじゃねぇよ……って、そうだ! ネココ、お前、ちゃんと机を元の場所に戻してくれたんだろうな?)
(もちのロンにゃ!)
(うーん、なんか一瞬、頭に麻雀牌が……いや、まぁ、元に戻してくれたならいいんだ)
(ふっふーん、これでも、けっこう礼二くんの部屋に遊びに来てるからねー、っていうか、あの机をゴミ捨て場から持ってきてあそこに置いたのもネココだからね)
(そういえばそうだったな、流石に俺でも一人で持ち上げるのは骨が折れるから、霊体化して重さをゼロにできるネココに部屋の奥に設置してもらったんだよな……そう、部屋の奥に……)
(にゃはは、礼二くんのポルターガイストは自分が実体化するやつだから、使いずらそうだにゃ~)
(う、うん……ところでネココ、その、元の位置に戻したっていうのは……もしかして……)
(そうにゃ! ちゃんと元の位置に戻しておいてあげたにゃ! 何でかさっき置いてあったドアの前じゃなくて、いつも置いてある位置に……)
「チェストぉぉおおおおおおお!!!」
(やめろぉぉおおおおおおおおお!!!!!)
バキッ。
「あれ? 鍵は壊れたみたいですけど、何かがつっかかっているのか、扉が開きませんね……」
(はぁ……はぁ……間に合った……)
俺は間一髪で、まず霊体のまま壁の向こうにすり抜けてから、実体化して、自らの身体で扉を抑えた……。
(ふぅ……よく分からない心霊番組に、俺の部屋のインテリアを紹介されてたまるかってんだ……って、うぉお?)
扉を抑える身体に、また衝撃。
「せーのっ!」
ドスンッ。
どうやら、インチキ霊媒師だけでなく、他の番組スタッフも一緒になって、扉に霊媒タックル、もとい、ただの体当たりを始めたようだ。
(くそっ、なんで赤の他人に突然部屋を訪問されなきゃならねぇんだよっ!)
(にゃははー、大変そうだねー、礼二くん)
(おいネココ、笑ってないで手伝えよ! 元はと言えば、お前が机を移動させたせいで苦労してるんだろう?)
(えぇー……こんなか弱い女の子に、そんな野蛮な力仕事が出来るわけないにゃー)
(よく言うぜ、四十代のおば……さ……)
と、さっき他人の悲劇を見て学習した内容を忘れた発言をしようとすると……そんな俺のいる場所に、窓から入ってくる月の明かりが遮られるような大きな影が落ち……。
(あははー、何か言ったかにゃ? 礼二くん……)
(えっと……ネココさん……それは……?)
(礼二くんが必要そうだったから、持ってきてあげたにゃ)
そういってネココが霊体化して持ち上げているのは、重くて大きな事務机……。
(あ……ありがとー……だけどちょっと)
(ねぇ、礼二くん)
(はい……)
(……今この机を実体化したら、どうなると思うかにゃ?)
(あの……俺が、幽霊に……)
(じゃあ、もう礼二くんは幽霊だから大丈夫だねっ)
(待って! やめ……死にはしないけど、今実体化してるから痛みが……)
(……ぎゃぁああああああああああ!!!!!!!)
その日の俺の最後の叫び声は、しっかりと番組のマイクに入っていたようで、後に、ビルのオーナーが最後に上げた悲鳴として、放送されたそうだ……。
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