第4話 ネガティブガール

「えーと……粗茶ですが、どうぞ」


「どうも」


 結局、俺は部屋に女子高生を連れ込んで、丁寧にお茶なんかを出しているわけだが……どうしてこうなった。


「あのー、なんというか、そのー、非常に聞きにくいんだけど、キミは……」


「静子です」


「え?」


四条 静子しじょう せいこです」


「あ、ああ……えっと、俺は久場 礼二くば れいじだ、よろしく」


「はい、不束者ですが、よろしくおねがいします」


 うーん……この子、全然つかめない。


 なんかもうニッコニコで、さっきまで涙を浮かべて屋上から飛び降りようとしていたとは思えないほど良い笑顔なんだけど、なんなの?


 初めて会った時は落ち着いて言葉を交わす余裕も無かったから分からなかったけど、見た目はなんか発育がよくてメチャクチャ可愛いただの女子高生なのに、行動と言動が謎すぎる……。


 可愛かったからナンパしてみたけど、話してみたら思ったのと違った、って、こんな感じなのか……? ナンパなんてしたことないから分からないけど。


 ……いや、今まさにナンパしてきたところなのか? 別にそんなつもりは全く……無かったってことは無いか。


「コホン……それで、まぁ、もし答えたくなかったらいいんだけど、さっきは……というか、この前も、四条さんはなんで……」


「静子と呼んでもらって大丈夫ですよ?」


「え?」


「静子と呼んでもらって大丈夫です」


「いや、でも、まだ会ったばっかりだし……」


「三か月と十三日前にも会いました」


「いや、まぁそうだけど……って、よく日数まで覚えてるな」


「はい、私にとって、あの日は忘れられない日ですから……」


「あー……そりゃあ目の前で人が命を落としたら、日付を覚えちゃうくらい忘れられない日にもなるか……なるか?」


 俺は命を落とした側だからか、まぁ三か月前くらいかな、くらいにしか覚えてなかったけど、やっぱり人って言うのは衝撃的な出来事があると、記憶に鮮明に残ったりするものなのかね……そう考えると、この子には悪いことしたなぁ……。


「で、静子さんは……」


「静子ちゃん、でお願いします」


「……」


「それで、静子、ちゃん……」


「はい」


 だれか助けてくれぇぇえええー!


 可愛い女の子がニッコニコなのは嬉しい限りだけど、ええ、めちゃくちゃ可愛らしいですけども! 三十代後半のおっさんが、一回り以上年下の女の子に名前呼びするって、どんな羞恥プレイ?


 というか、さっきから全く話が進まないんだが? この子、マイペース過ぎやしないかい?


「その……わたしが、ああいった行動を取った理由、ですね……?」


 おお、話を戻してくれた……。


「あ、いや、まぁ……言いたくないことなら、無理に言わなくて大丈夫だから」


「いえ、礼二さんになら、大丈夫です……」


 あー、そう、そっちも名前呼びなのね? 距離の詰め方おかしいねぇ。


「あ、ああ……まぁ、大丈夫なら……話すと楽になることもあるんじゃないかなって」


「そうですね……実は……」


「うん……」


「あの日……わたしは……」


「うんうん……」


「10円玉が切れている自動販売機でお茶を買ってしまったんです……」


「うんうん……え?」


「140円のお茶を買うのに、150円入れたのに、おつりが返ってこなかったんです……」


「う、うん……それは、まぁ、10円玉が切れていたら、そうだろうね」


「はい、だから、これはもう命を絶つしかないと……」


「いやいやいやいや! え? 10円が返ってこなかったから?」


「はい……」


 うーん……いや、人の価値観を否定しちゃいけないんだろうけど……え? 10円で? まじで?


「あの……自動販売機の会社に連絡とかは……」


「いえ、そんな……わたしなんかのために、お手を煩わせるわけには……」


「は、はぁ……」


「でも、連絡しなくても、計算が合わないって、迷惑をかけてしまいますよね?」


「え? まぁ、そう……かもね?」


「それで、もう、わたし、どうしたらいいか分からなくって……」


 えーと、それは連絡したらいいんじゃないかなー、10円ごときで、って思われるかもしれないけど、向こうもそれが仕事なんだし……。


 でも、え? ほんとにそれだけ? いや、人それぞれ感じ方は違うから、それだけって言うのも失礼かもしれないけど……いやでも、個人的には、それだけで自分の命を断とうとしてしまうのは、少々もったいないかなーと思ったり……。


「それに、その日はそれだけじゃないんです……!」


 うおっ……近いっ……手が温かい……!


 急に身を乗り出しながら手を掴んできてビックリしたけど、そうだよね! 流石にそれだけじゃないよね!


「あの日……授業が終わって、帰るところで……」


 お、これは、学生っぽい悩みか……?


「保健体育の授業で、ちょっとテストの成績が良くなくて……」


 おー、懐かしいなー、そういえば保険と体育が一緒になった、そんな科目だったなー。


 ちなみに、成績が悪かったのは、保険と体育、どっちの分野なんだろうか……いや、別に大した意味は無いけど、純粋な知的好奇心で、ちょっと気になる……。


「そのせいで、保健体育の五里松先生から、呼び出しを受けて……」


 おっと? これは……?


「その先生……ラグビー部の顧問をやってる、筋肉がムキムキで、顔もすっごく怖い先生なんですけど……」


 おっとっと? この展開は……?


「わたしの保健の成績が良くないからって……」


 まさか……?


「部活の方も見なきゃいけないのに、勉強を教えてくれて……」


 いい先生だったぁぁあああ!!! 疑ってごめんよゴリ松先生ー!!


「それで……勉強を教わって、帰る時に……」


 おっと?


「わたし、そのまま普通に、挨拶をして帰ろうとしたんですけど……」


 おっとっと?


「先生が……急に……」


 おやおやおやぁ?


「急にかかってきた電話に出たせいで、わたし、帰りの挨拶をするタイミングを逃してしまったんです……」


 ですよねー。 流石にそんな気はしてましたとも、ええ。


「だからもう……こんなわたしに親切に勉強を教えてくれる先生に、帰りの挨拶もできないわたしなんて、この世界に必要ないんじゃないかなって……」


 ……いや、分からなくは無いよ?


 電話だけじゃなくて、見知った友達に声を掛けようとしたタイミングで、別の知らない友達がその子に声をかけて、話し始めちゃって……上げかけた手を下ろす、とかね? よくあるよね? ちょっと気まずいよね?


 でも……だからって……ねぇ?


「……あの」


「……」


「やっぱり……おかしいですよね……わたし……」


 うん、まぁ、俺の感覚からすると、ちょっとおかしいね……。


 でも……。


「悩みなんて、人それぞれだろ?」


「……え?」


「俺も良く言われてたんだ……『あんた、そんなこと悩んでんの?』って、姉ちゃんに」


「礼二さん、お姉さまがいらっしゃるんですね」


「ああ、有名大学を首席で卒業しちゃったりする、超エリートのな」


「……」


「まぁ……天才から見たら、俺たち凡才の悩みなんて、ちっぽけなものなんだろうよ」


「……そうですね」


「だから、あんまり気にすんなよ」


「……そう……ですね」


「……」


 ふっ……ちょっとカッコつけすぎちまったか……? まったく、俺って奴は、女子高生相手に、罪な男だぜ……。


「礼二さん……」


「どうした? 惚れちまったか?」


「はい、結婚してください」


「はっはっは、まったく、俺って奴は……って、えぇぇぇえええええ!? それは罪って言うか、本当に犯罪なんですけどぉぉぉおおおおお!?」


「好きです、お付き合いを前提に、結婚してください」


「いやいや! 逆逆!」


「え? 結婚を前提に、お付き合いしてくれるんですか?」


「いやいやいやいや! 承諾したわけじゃないから!」


「ありがとうございます! 新婚旅行はどこに行きましょうか?」


「聞いてないし、気が早いぃぃいいいい!?!?」


「わたしは……あなたと一緒なら、どこでもいいです……ぽっ……」


「誰か助けてくれぇぇええええ!!!!!!」


 こうして、その日から……。


 放課後に、誰もいない廃屋に、スキップをしながら足しげく通う、女子高生の姿が目撃されるようになったそうだ……。

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