第8話 コスプレ警官

「おい、ちょっと! 引っ張るなって! 話を聞け!」


「話なら署でたっぷりと聞かせていただきます」


 生前、同じ職場の後輩だった管野 錬くだの れんと一緒に缶チューハイを飲んでいる時に俺の部屋に突然やってきたこいつは、詳しい説明も無しに俺に手錠をかけると、そのままズイズイと袖を引っ張り始めた。


 地縛霊になって、宙に浮けるし壁も抜けられるようになったのは、移動が短縮できて便利な場面が多いといえば多いのだが、それは自らの意思で移動できる場合だけ。


 こうして他の霊に引っ張られると、壁があろうと空中だろうと問答無用で理不尽に移動させ続けられるのは、不便以外の何ものでもないだろう。


 一応、引っ張られる側と反対側に進もうと念じれば抵抗できなくは無いが、どうやらこういった霊同士の対抗力は、生前の筋力などではなく、単純に、霊になってからどれくらいの時間が経過しているかという霊の経験年数に依存しているらしく、まだ霊としてはひよっ子な俺は、大抵の相手に抵抗できずに負けてしまう。


 まぁ、一応、そんな理不尽で覆せない力の差は確かに存在しつつも、その霊が持っている固有の能力をうまく活用して切り抜けるなど、テクニック次第で状況を覆すことも可能で、俺の持つ半実体化という能力をつかって無理やり壁にしがみつくなどでも抵抗できるのだが、この連行はそんなことをせずとも強制的に止まることとなる。


「痛っ、ちょっ、止まれ! これ以上無理だって! いたたた」


「何で止まってるんですか、無駄な抵抗はやめて、署まで同行してください」


「抵抗も何も、痛っ、物理的に、というか、霊的に? 俺はこれ以上は進めないんだって!」


「え? どういうこと?」


 廃ビルの2階にある自室の窓をすり抜け、そのまま空中を引っ張られ続けてきた俺だが、突然、何もない空間で壁に遮られるような感覚がして、進行停止を余儀なくされる。


 俺を引っ張っていたこいつも、これ以上は引っ張ったところでビクともしないということには気づいたようで、掴んでいた俺の腕を解放してくれた。


「言っただろ? 俺は地縛霊だって……出たくてもこの敷地から出られないんだよ」


「出られない……?」


「そう、だから他の人? 霊? に会う機会も少なくて、世間には疎いし、幽霊用の役所があるのか何なのか知らないが、あったところで出向けないってこった」


「……なるほど、情状酌量の余地あり……ね」


 やっと話を聞く気になってくれたそいつに俺の悲しい事情を話すと、彼女はしばらく悩んだ後、俺の両腕にかけた手錠を外す。


「わかりました、そういう事情でしたら、任意同行に応じていただくことも難しそうですし、ここは一旦引きましょう」


「いや、任意同行すっ飛ばして、令状も無しにいきなり連行しようとしてたよね?」


「私の方で各所に連絡し、後日、住所登録の手続きを行える役人を派遣いたしますので、身分証と印鑑のご用意をお願いします、あと、すぐに連絡のつく連絡先を教えてください」


「って、人の話聞かない子だなぁーホントに……はいよ、身分証と印鑑ね、で、連絡先は、と……って、ん? いや、どれも無理じゃね?」


「……?」


「え? 何? みんな普通に身分証とか印鑑とかスマホとか持ってんの? いや、まぁ、俺も生きてた頃は普通に持ってたけど……今、幽霊ぞ?」


「……」


「……」


「……クレジットカードや通帳など、住民票の写しを発行できそうな書類は?」


「いや、無いけど……」


「……なるほど」


「……」


「……身分詐称の疑いもあり、と」


「話聞いてくれる?」


 その後も、俺はこいつといくつかやり取りをして、何故か彼女の質問に答える度に罪状は増えていくという貴重な体験をした。


 まぁ、やり取りをする中で、この世界の常識に関しても多少は聞くことが出来たので、結果的にはよかったんだが……。


 とりあえず、彼女から苦労して聞き出せた話をまとめると、どうやら、死亡届けが出された人物の身分証が破棄されると、その身分証というのも死亡した扱いとなり、霊体としてこちら側の世界に顕現させられるらしい。


 俺も彼女に言われるがままに念じてみたら、手元に生前の身分証を出現させることが出来た。


 そして同じく、亡くなった人物の遺留品として処分されたものや、同じ棺桶の中に入れられて燃やされたものなんかも、本人が念じることで手元に霊体で顕現させられるそうだ。


 こちらも試しに生前使っていたスマホを念じてみたら、手元に出現した。


 なので、結果的に、後から色々と付与されかけた罪状は無くなり、本命である住所登録……というか、住所変更届の目途はついて、彼女はピシッと敬礼して去っていったんだが……。


「出せるなら出せるって、最初からそう言えよぉぉおおおおおお!!!!」


「ってか、ネココもれんも、あいつら絶対このこと知ってただろ! なんで教えてくれなかったんだよ!」


「スマホが使えるなら、連絡なしに急に来るとか無くなるじゃん!」


「幽霊だしなー、多少不便なのは仕方ないよなー、って思ってた俺の気持ちを返せよ!」


「はぁ……はぁ……」


 俺はそうして一通り叫ぶと、手に入った自分のスマホを確認する。


 午前四時過ぎ……ディスプレイを点灯させたそのロック画面には、そんな時刻が表示されていた……。


「……寝よう」


 こうして、今日も今日とて、俺の睡眠時間は理不尽に削られるのであった……。

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