三
「おとらばんちゃ、ひい爺ちゃんってどんな人だったの? イケメンだったの?」
私の心は再び過去に在った。これは、中学生の頃の自分だろうか。
薄曇りの日、やはり曾祖母は縁側にいて、私はその隣で庭に足を投げ出している。
何気ない会話の一部だったが、記憶の中の曾祖母はもじもじと気恥ずかしそうにしている。
私は、あるとき疑問に思う。
母がいて、父がいて、祖母がいて、祖父がいる。曾祖母はいるが曾祖父はいない。
その誰からも曾祖父の話を聞いたことがなかった。
ふっくらとしたお餅のような頬をやや染め、開いているのかどうか定かでない目を更に細めながら、曾祖母は語る。
「まだ16歳の頃だったかねえ。ちーちゃんのひいお爺さんはねえ、ある晩、急に会いに来てくれたのよ」
「急に?」
「そう、急によ。なんだったかねえ。確か神社をお掃除した後、境内で寝ちゃってねえ。起きたら暗くなってたから、慌てて家に帰ったの」
「おとらばんちゃはお昼寝が好きね」
「うふふ、そうだねえ。それでね、家のすぐ近くまで来たところで後ろから声を掛けられたの。あの、もし、って」
「振り返ったらひいお爺ちゃんだったのね」
「そうだね」
彼女はしわくちゃの顔を更にくしゃくしゃに崩して、実に嬉しそう。
「振り返ったらこの辺りじゃ見かけないとても様子がいい男の人がいてね、私、見惚れちゃってしばらく動けなかった。あれがちーちゃんの言う、いけめんっていうものなんだろうね」
「でも、夜に声を掛けられて、不審者だと思わなかったの?」
「そのときは何とも思わなかった。だって、その人からとってもいい匂いがしたんだもの」
「香水?」
「ううん、違うわ。あれは、何の匂いだったのかしらね。お日様の匂い、かしら。とても安心するいい匂いだったわ」
「じゃあ、おとらばんちゃと同じ匂いね」
「あら、そう? 嬉しいわ。うふふふふ。そうそう、それでね――」
曾祖母が言うには、その様子のいい男の人と夜に逢引するようになり、やがて祖母を身籠った、という話だった。しかし、それからというもの、そのどこの誰とも分からぬ男とは会えなくなってしまったという。私が「何それ、最低」と憤ると、曾祖母は少し困ったような顔をした後、「ちーちゃんは私の若い頃にそっくりだねえ」と優しく微笑んだ。
それ以来、曾祖父の話題を口にすることはなかった。
「ねえ、お婆ちゃん
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