外に流れる東北自動車道の案内板には、宮城県の蔵王ざおうパーキングを過ぎると、じきに村田むらたJCTの文字が見えてきた。

 私たちの車はその村田ジャンクションの左側を進み、山形道方面に入った。古関ふるせきパーキング、次いで笹谷ささやのインターチェンジを過ぎるといよいよ山形県が見えてくる。見えてくるとは言ったものの、宮城と山形の境には笹谷峠が跨っており、山形自動車道で山形県へ入る瞬間は笹谷トンネルと言う全長3411メートルにも及ぶ長いトンネルの、愛想のない壁の文字を通り過ぎるだけで、特別な感情などは浮かばない。

 そう言えば、笹谷峠には有耶無耶うやむやの関跡などという、なんとも今日の空模様のような名前の史跡もあると聞いたことがある。どうしてそんな曖昧な名前にしたのだろうと思っている内に、トンネルを抜け、私たちは本格的に山形県に入った。


 そうして薄灰色の雲の下、村田ジャンクションから30分から40分ほど走ったところで、今度は左に大きく回るようにして山形ジャンクションから新庄しんじょう方面に東北中央道に入り、そこからもう少し走って、村山インターチェンジで降りればようやく高速道路の旅は終了である。

 その後は田んぼの中、寒河江村山さがえむらやま線と呼ばれる県道25号線を北上、やがてコンビニエンスストアのある交差点を左に折れて河島かわしま街道を西進し、碁点橋ごてんばしで最上川を越える。

 そのまま比較的栄えている地域を西に進むも、その内に人家も途絶え、山のへり開削かいさくした木ばかりが見える寂しい県道を走ることになってしまうのだ。

 だが、しばらく我慢して進めば、左手の視界はにわかに広がり、小森の集落が見えてくる。ここまでくれば、私たちが目指しているお婆ちゃんはすぐそこだ。

 しかし、いつの間に晴れたのだろう。小森の奥に見える山の上には、移動中に雨に降られたことが嘘のような、雲一つない青空が広がっていた。


「おー、おー、よく来たね。早くお上がりよ」


 鈴木と書かれた古びた表札。その近くにある後付けのチャイムを父が押そうとしたら、いつもの祖母が、いつものように出迎えてくれた。門も無ければ垣根も背が低い。恐らく、家の中から私たちを見つけてくれたのだろう。いつもの祖母ではあるが、その服装は五円玉のような結び付き抱き稲紋の描かれた黒紋付に割烹着かっぽうぎという、やはりいつもとは異なるものであった。

 時刻は12時より少し前。納棺はまだのようで、家の中に入るとふすまを取り払って客間と仏間を一部屋にした空間に、彼女は横たわっていた。


「さあさ、顔を拝んでいって」


 祖母と近所の住民たちに促されるまま、母が絹の覆い打ちおおいうちを脇に避けて二言三言ふたことみこと、泣きながら話しかけて手を合わせ、次に父が母の隣で無言で手を合わせた。私は二人に遅れて曾祖母の横に正座し、一言「おとらばんちゃ、久しぶり」と声を掛けてから、拝むでもなく眺める。

 三角の天冠てんかん経帷子きょうかたびら、顔は変わらずふっくらとしていて、幸せそうに寝ていた。既に葬儀業者が適切に処理をしてくれた後なのだろう。

 分かってはいても、ふと目を覚まして優しい声で語りかけてくれるのではないかと、つい期待してしまうのだ。

 ふと足元に視線を移せば、彼女は私が思うよりも随分と小さくなってしまったものだと、そう思ったとき、抵抗もなく涙がこぼれた。

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