第10話(1)繋がる糸
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「ハヅキ様、いかがなされますか?」
立ち止まっているハヅキに対し、同じようにメイド服を着た者がハヅキに問う。
「……カンナ様の兵の一部隊がこの先で目撃されたということですが……」
「はい、そのような報告がありました」
「……退却していたというわけではないのですね?」
「ええ、追加の報告によればこちらに向かっているようです」
「ふむ……」
ハヅキは腕を組んで考え込む。
「いかがいたしましょうか?」
「まさか退却を諦めて、やけくそになっての反転突撃とは考えにくいですね」
「はい……」
「恐らく、なんらかの策があっての反攻作戦行動と考えた方が良いでしょう……」
「ふむ……」
「とにかく、現在近くにいる我々が迎撃に動かねばなりませんね」
「はっ……」
「最短距離を取るのならばあの森を突っ切るのが正解ですが……」
ハヅキが目の前に広がるそれなりに大きい森を指差す。
「ええ、そうですね」
「何らかのトラップが仕掛けられている可能性も考慮に入れなくてはなりません」
「それでは……」
「はい。迂回して、平地のルートを通ります。少し時間を要しますが、こればかりは致し方ありません」
「分かりました」
「それでは各員、進軍を再開します」
「了解しました。皆、ハヅキ様に続け!」
ハヅキが走り出す。足裏から大量の空気を下向きに噴出し、少し宙に浮き上がっての、いわゆるホバー走行である。メイド服を着た集団がホバー走行する異様な光景であった。
「……隊列を乱さぬように」
「了解しました!」
「もう少し速度を上げます……」
「はい! 了解しました!」
「……ふん!」
「⁉」
「うわっ⁉」
走行するメイドの集団が糸に絡め取られる。先に速度を上げたハヅキは難を逃れた。
「これは……?」
「ちっ、頭は逃しちゃったか……」
「む……」
ハヅキが視線を向けると、さほど大きくない岩陰から黒い短髪に黄色いメッシュを入れ、黒と黄色を基調としたジャージを着た女が姿を現す。女は首をすくめながら両手を広げる。
「ホバー走行が移動の基本だって言うから、ゴツゴツした荒れ地を嫌って、平地を通ってくるだろうっていう読みはドンピシャだったんだけどね~」
「……貴女は『オニグモ団』のボス、パイスーさんですね?」
「おっ、ご存知だとは光栄だね~」
「当然です。情報はメイドにとって命ですから」
「は、初耳な気がするけど……まあ、確かに無知じゃあ務まらない役割だろうけどね」
「しかし……」
ハヅキがわずかに首を傾げる。
「ん? どうかした?」
「貴女方の活動範囲はここから東南東の地域のはず……どうしてこんな場所に?」
「いやなに、最近マンネリだったからさ。たまには気分を変えてみたくなってね……」
「それは真っ赤な嘘ですね……少々お待ちください」
「?」
ハヅキがやや俯いて、自らの側頭部を抑える。しばらくして、頭を上げて口を開く。
「なるほど……この四国の中心にある緩衝地帯を一つにまとめ上げて、新たな国を造ろうと動いている……カンナ様と組んだ可能性もあると。情報を整理・確認しました」
「ふ~ん、情報を集めるのが早いね……」
「無視するのも一つの選択肢でしたが……そういうわけにもいかなくなりました」
ハヅキが構えを取る。パイスーがハヅキの後ろを指差す。
「アンタの配下は糸でまとめて絡めとったよ?」
「……それがなにか?」
「い、いや、いわゆる人質ってやつなんだけど……」
「無駄なことです」
「ええ……?」
「そのようなことでいちいち動揺するようなプログラミングはされておりませんので……」
「これはまた……随分と冷血だね~」
「そういった煽りもまったく意味がありません……体が冷たいのは紛れもない事実ですし」
ハヅキが自らの首に手を当てながら呟く。パイスーが苦笑する。
「そういう自虐は良くないよ~?」
「そこまでは卑下しておりません、これはいわゆる自嘲というものです」
「そのわりには笑顔が見られないんだけど?」
「……ですから、そういうプログラミングはなされておりません」
「笑った方がカワイイと思うけどね~」
「な、なっ⁉」
「隙あり!」
「‼ しまっ……」
パイスーの両手から発せられた糸がハヅキの両手両足と首に複雑に絡みつく。
「ははっ、なんだ、わりと簡単に動揺するんじゃん……」
「くっ……」
「アンタの戦い方はよく聞いている。両手両足を塞がれたらどうにもならないでしょ?」
「……」
「あらら? もしかしてフリーズしちゃった?」
パイスーが意地悪な笑みを浮かべる。やや間を置いてからハヅキが口を開く。
「……パターンを検出・検討しておりました」
「パターン?」
「ええ、貴女に勝つためのパターンです」
「そんなの万に一つもないでしょう!」
「首に巻き付けたのはなるほど、理にかなっていますが、私にもチャンスです」
「なにっ⁉」
「はむ!」
「はあっ⁉」
パイスーが驚いた。ハヅキが自らの首に巻き付いた糸に噛みついたからである。
「ふむ!」
「がはっ⁉」
ハヅキが首を大きく振ると、パイスーは持ち上げられ、地面に激しく叩きつけられた。
「……付け加えると、足裏にも配慮すべきでしたね」
「な、なに? うおおっ⁉」
ハヅキがホバー走行を再開する。先ほどよりも速度が速い。それによってパイスーは固い地面をズルズルと引きずられる格好になってしまった。パイスーはうつ伏せに倒れ込む。
「停止……糸を切らないとは理解に苦しみますね。貴女なら糸は自由に扱えるでしょうに」
「……も、もう一回、お願い出来るかしら? なんだったらスピードもっと上げていいわよ」
パイスーが半身を上げて、右手の人差し指を立てる。ハヅキがやや間を置いて頷く。
「……熱烈なリクエストにお応えします……!」
「うおおっ! これならどう⁉」
「なっ⁉ 摩擦で熱を起こして、糸を燃やした⁉ 火が糸を辿って……むうっ⁉」
ハヅキが火に包まれ、倒れ込む。消火機能を発動して、火は消したが間に合わなかった。
「オーバーヒートを起こしちゃったわね……こっちもかなり限界だけど……」
パイスーは一度立ち上がったものの、再びうつ伏せに倒れ込む。
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