第9話(4)首元がお好き

「……」


「モリコさん!」


 シローがモリコに声をかける。モリコが振り返る。


「何よ?」


「なんでゆっくりと移動しているんですか、俺たちなら早く飛んでいけるのに……」


「姫様から借りた連中にペースを合わせているのよ」


 モリコが顎をしゃくった先に歩兵の集団がいる。


「なんでですか? せっかくの機動力が失われているじゃないですか!」


「今、敵の領地に乗り込んでいるのよ? 私とあなたたち三兄弟、さらにその部下だけじゃ、どう考えても頭数が足りなすぎるわ」


「そ、そういうことですか」


「そういうことよ」


「ど、どうしてもっと高く飛ばないんですか⁉」


「そんなの見つけてくれと言わんばかりでしょう」


「で、では……!」


「まだ何か?」


「なぜこんな木々の間を進むんですか⁉」


「……二つ理由があるわ」


 モリコがピースサインをつくる。シローが首を傾げる。


「二つ?」


「開けた場所を進んだら、それこそ見つかる危険がある……」


「もう一つは? あ、出発前に言っていたことですか?」


「そうよ。まあ、これはちょっと矛盾するんだけど……!」


 木々の合間を飛んでいたモリコに黒い影が襲い掛かる。モリコはなんどかそれを回避する。黒い影は近くの大木の枝に降り立って、まじまじとモリコを見つめる。


「う~ん、君は確か……『黒い翼のモリコ』ちゃん?」


「……ちゃん付けとか馴れ馴れしいわね」


「いやいや、これは失礼……」


 黒い影はその姿をあらわにし、両手をわざとらしく広げる。


「あなたはナガツキね?」


「おっ、ご存知だとは嬉しいね~」


「それなりに有名だからね」


「ああ、それなりか……」


 モリコの言葉にナガツキが苦笑する。


「気に障ったのならごめんなさい」


「いや、それは全然構わないんだけど……どうしてだい?」


「何が?」


「君はもう少し南の方を根城にしていたはずだ。何故にここまで北上してきたんだい?」


「……乙女の気まぐれってやつよ」


「ははっ、そうきたか……」


 ナガツキは片手で顔を覆う。モリコはため息交じりで尋ねる。


「はあ……大方見当はついているでしょう?」


 ナガツキはオールバックの髪を撫でながら答える。


「ああ……どうやら緩衝地帯を一つの国にしようと目論んでいるらしいね?」


「そうよ」


「それはまた大胆なことを……」


「自分たちでは別にそういう自覚はないわね」


「カンナ姫も君たちの下に身を寄せているのかい?」


「さあ、どうかしらね?」


 モリコが首をすくめる。ナガツキが苦笑する。


「どちらともとれるような返答だね……」


「どうとらえるのかはあなた次第よ」


「……とにかく、このままにしておくと君らは厄介な存在だということだ。よって……」


「よって?」


「叩き潰す」


 ナガツキが先ほどまでのヘラヘラした様子とは打って変わって、低い声色で告げる。


「やれるものならやってごらんなさい」


「かかれ!」


「‼」


 周辺の木々から息を潜めていたナガツキの部下たちがモリコの部隊に襲い掛かる。


「ふははっ!」


「ええい!」


「……何⁉」


「モリコさん、マジで来ましたね!」


 シローが向かってくる相手と戦いながら声を上げる。モリコが頷く。


「ええ、そうね」


「慌てずに冷静に対応出来ている……まさか⁉」


「そのまさかよ」


 モリコが笑みを浮かべる。ナガツキが愕然とする。


「僕らをおびき寄せたのか⁉」


「そうよ、まさかこんなに上手く行くとは思わなかったけどね!」


「どわっ⁉」


 モリコが翼をはためかせ、強風を発生させる。それを喰らって、ナガツキは体勢を崩す。


「もらった!」


 モリコがナガツキに飛びかかり、その体を羽交い絞めにする。


「くっ! な、何をする気だい……?」


「こういう暗がりの木々で待ち構えていたのは理由があるんでしょ?」


「‼ や、やめろ!」


「まあまあ、少し付き合いなさいよ!」


 モリコがナガツキを抱えたまま急上昇する。木々の間を抜け、日光が射すところまで引き上げたのだ。ナガツキが顔を歪める。


「ぐっ!」


「少し曇っているけど……それでも吸血鬼のあなたにとっては結構辛いんじゃない?」


「は、離せ!」


「そう言われて離す馬鹿はいないでしょ」


「お、お痛が過ぎるんじゃないかな⁉」


「む⁉」


 ナガツキが強引にモリコを振りほどき、空中で向かい合う。ナガツキが肩で息をする。


「はあ、はあ……」


「日陰に戻らないの?」


 モリコが下を指差す。


「体力をそれなりに消耗した。その代償は支払ってもらう!」


「代償?」


 モリコが首を傾げる。


「こういうことだよ!」


「きゃあっ⁉」


 ナガツキがモリコの首に噛みつく。ナガツキが笑う。


「ふははっ!」


「コ、コウモリってあまり体に良くないのよ?」


「ぶはっ! 人妖の僕にはさして問題はない……うん⁉」


 ナガツキが体に違和感を覚えてモリコから離れる。モリコは首元を抑えながら尋ねる。


「どうかした?」


「か、体の自由が……な、何をした⁉」


「とある方々からの助言で、強烈な痺れ薬を塗っておいたの。左の首元がお好きだって」


「く、くそ……」


 ナガツキが落下していく。


「わ、私も血を吸われ過ぎたわね……」


 モリコも力なく降下していく。

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