第10話(2)脳筋対能ある鷹
「都だけでなく、王宮まで潜入出来るとは……」
先頭を歩くシモツキが周囲を警戒しながら呟く。
「たったの四人だけだがね」
ヤヨイが苦笑する。
「多人数では目を引く、それは致し方ない……」
キサラギがヤヨイに応える。
「って、ちょっと待て!」
シモツキが立ち止まる。ヤヨイが尋ねる。
「どうしたのさ?」
「四人だと? あいつはどうした⁉」
「そういえば……いつの間にかいないね」
ヤヨイも周囲を見回して答える。
「な、なんだって?」
「迷子にでもなったかね?」
「な、何をやっているんだ!」
「大声を出すんじゃない、見つかるよ」
「戻って探している暇などはない、さっさと進むぞ」
「ちっ……」
ヤヨイとキサラギの言葉にシモツキは舌打ちして黙り、前進を再開する。
「キサラギ、これもあの方の手引きなのですね?」
「はい」
カンナの問いにキサラギが頷く。
「こうして王宮まで入れたということは……」
「局面を再逆転出来ることが可能だということです」
「それはなにより……」
「そこまででございます……」
「!」
大陸の古代王朝の文官が着ていたような服装に身を包んだ初老の男性がカンナたちの前に現れる。男性が長く白いあごひげをさすりながら呟く。
「緊急用の経路、ここを通るだろうと思っておりました……」
「む……」
「しかし、直前に情報が入らなければ危なかった。玉座の間に入られてはすべてが水の泡ですからな」
「それはつまり、貴方もクーデター側だということですか……?」
「左様です」
「何故です⁉ ワス先生! わたくしたちの教師であった貴方が!」
カンナが声を上げる。ワスと呼ばれた男性が答える。
「御父君――あえて先王と呼びましょうか――あの方のやり方にはもはやついていけない者が多くなったのです……」
「それは文官の皆さんの総意ですか?」
「文官に限らず、武官連中もそうです……それだけではなく……」
「え?」
「民もそうです。政変が起こったというのにも関わらず、都がさほど混乱に陥っていないという実態を目の当たりにしてきたでしょう?」
「むう……」
「ほとんどの民もこの政変を歓迎しているということです」
「くっ……」
「それでもなお抵抗するというのならば……」
「‼」
ワスが右手を挙げると、カンナたちの周囲に兵士が現れる。
「拘束させていただきます……」
「ふん!」
「⁉」
ヤヨイが自らに近づいてきた兵士を殴り倒す。
「カンナ姫! ここはアタシにお任せを!」
「ヤヨイ!」
「玉座の間を抑えてしまえば、こっちのもんです! 急いで!」
ヤヨイが飛び上がって、シモツキの前にいた兵士たちを蹴り倒す。
「……ヤヨイ、無理はしないで!」
「なに、すぐに後を追いかけますよ!」
ヤヨイがウインクする。カンナがシモツキに声をかける。
「参りましょう!」
「は、はい!」
カンナたちが包囲を突破する。
「おらあ!」
「ぐはっ!」
「そらあ!」
「がはっ!」
兵士たちはヤヨイによってあっという間になぎ倒される。ヤヨイが鼻で笑う。
「……ふん、こんなもんかい?」
「……」
「正式な処罰は後にして……と言いたいところだが、ワス先生よ、アンタにも少しお仕置きをしなけりゃならないね……」
ヤヨイが両手を組み、指の骨をポキポキと鳴らす。
「力を行使するか? そなたは子供の頃からそういうところがあるな……」
「野蛮でもなんでも勝手に言うがいいさ、姫を……カンナを守るために強くなったんだからね」
「ふむ……それは立派な心掛けだ」
ワスの言葉にヤヨイが目を丸くする。
「へえ、意外なことを言うね……」
「だがな……」
「ん?」
「お仕置きされるのはそなたの方だ……」
「! ははっ、何を言い出すかと思えば、ヒョロヒョロの文官の爺さんがこのアタシに敵うわけがないだろう?」
「……人を見かけで判断するなと口酸っぱく教えたはずだが?」
ワスが服を脱ぎ捨てる。地面に落ちた服がズシンと音を立てる。ヤヨイが驚く。
「は⁉」
「これでもヒョロヒョロだというのか?」
上半身裸になったワスの体は筋骨隆々という言葉が良く似合うものだった。
「い、一朝一夕で手に入る肉体じゃない。そんなにマッチョだったのか……」
「『能ある鷹は爪を隠す』ということわざも教えたはずだが?」
「あいにく脳筋なもので……」
「ふっ、それもそうだったな……」
「いや、そこは否定してくれよ! ちょっと傷つくから!」
「どうでもいい、お仕置きの時間だ……」
ワスが構える。
「……やめた」
ヤヨイが腰の剣に手をかけるが、鞘ごと投げ捨てる。ワスが首を傾げる。
「何故捨てる?」
「素手の老人相手に剣を使っただなんて知られたらアタシの武名に傷がついちまうだろうが」
「そんな心配はいらん」
「あん?」
「いずれにせよ、そなたの武名とやらは数分後には潰える」
「抜かせ!」
ヤヨイが飛びかかる。
「ふっ……!」
ワスはヤヨイの突進をかわし、その太い左腕に飛びつき、両脚で挟んで横に倒れ込む。引っ張られるように倒れたヤヨイが驚く。
「と、飛びつき腕ひしぎ十字固めだと⁉」
「……我ながら見事に極まったものだな」
ワスがヤヨイの左腕を伸ばす。ヤヨイが顔を歪める。
「ぐっ……」
「……投降しろ」
「ああん⁉」
「このままでは左腕が折れるぞ」
「うぐ……」
「そなたのことも子供の頃からよく知っている。大人しく投降しろ。悪いようにはせん」
「それはそれは……お優しいことで!」
ヤヨイがジタバタとする。ワスが声を上げる。
「やめろ! 本当に折れるぞ! 分かっているだろう!」
「折ってみろよ!」
「なっ⁉」
「こんなことで降参したら、カンナに合わせる顔がないね!」
「つまらん意地を張るな!」
「今意地を張らないで、いつ張るっていうんだよ!」
「愚かな……」
「うおおっ!」
ヤヨイがさらにジタバタとする。ワスは深いため息をつく。
「はあ……」
「離せ!」
「仕方がない……な!」
「⁉ ぬおおっ……!」
鈍い音が通路に響く。ヤヨイが動きを止め、うめき声を上げる。
「しばらく大人しくしておけ……さて、姫様たちを追うとするか……」
「……待ちな」
「ん?」
「うおりゃあ!」
「ごはっ⁉」
立ち上がったワスの顔面にヤヨイが強烈な右ストレートパンチを叩き込む。
「はあ、はあ……」
「ば、馬鹿な……腕を折られて、そんなにすぐに動けるはずが……」
ワスが気を失う。
「どんなに鍛えていても根っこは文官だね……書物だけに書かれていることが全てじゃないよ。左腕一本くらいくれてやらあ……いや、やっぱ痛いもんは痛いね……」
ヤヨイが苦笑しながら、腕を抑えて膝をつく。
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