第9話(2)反攻開始

「どうぞ」


「ここはこの辺でもひときわ大きな集落……まさかここまで領土を広げているとは……」


 タイヘイに促されて建物の中に入りながらカンナが呟く。


「協力をしたいという連中は意外と多くてな……」


「いつの間に……なかなか侮れませんわね……」


「この場合は案外頼りになると言って欲しいね……」


 タイヘイが肩をすくめる。カンナが笑う。


「ふふっ……」


「この部屋だ」


 タイヘイが指し示した部屋にカンナが入る。


「姫様! よくぞご無事で!」


「カンナ……」


「……なによりでございます」


「シモツキ、ヤヨイ、キサラギ! あなた方もよくぞ無事で……」


 カンナが三将のことを労う。


「兵たちがここまで運んでくれましたので」


「それにしても傷は?」


「数日寝たらなんてことはありません」


「こんなものは唾を付けておけばすぐに治ります」


「そんな……」


 シモツキとヤヨイの返答にカンナが苦笑する。


「……この集落の者たちの献身的な介護もあって、ある程度回復しました」


「そう……」


 キサラギの言葉にカンナが頷く。


「悪いが積もる話は後だ、とりあえず座ってくれないか」


「ええ」


 タイヘイに促され、カンナは上座にタイヘイと並んで座る。三将とモリコ、パイスー、クトラが顔を合わせる形で座っている。


「それじゃあ、モリコ、説明を頼むぜ」


「はい……斥候からの情報によると、人の国……愛の国で勃発したクーデターは成功。クーデター側は国の大半を手中に納めた模様です」


「むう……」


 カンナの顔が曇る。シモツキが尋ねる。


「クーデターの首謀者は?」


「……首謀者と言って良いのかどうかは分かりませんが、現在、国家元首の座にカンナ姫の遠縁に当たるケンガイ殿を擁立したという情報があります……」


「ケンガイ殿だと!」


 シモツキが驚く。


「これはまた……」


「ああ、傀儡ですよと言わんばかりだ……」


 ヤヨイの目配せにキサラギが頷く。クトラが口を開く。


「ということはやはり裏で糸を引いている奴がいるということだね?」


「ああ」


 ヤヨイが頷く。


「それについての心当たりは?」


「うむ……それが……さっぱり分からない」


 ヤヨイが腕を組んで首を傾げる。パイスーが呆れる。


「おいおい、分からないってさ……」


「こう言ってはなんだが王族の方々にここまでやるような度胸はないはずだ……」


「それは文官連中にも似たようなことが言えるな」


 ヤヨイの呟きにシモツキが反応する。キサラギが補足する。


「有力な武官は軒並み、南に国境を接する『亜人連合』との小競り合いに駆り出されている……」


「ああ、南部各地に散らばっている……」


 シモツキが頷く。カンナが口を開く。


「サツキ、ナガツキ、ハヅキたちのことが気になりますね……」


「ええ、あの傭兵連中はカンナ姫の直属と言ってもいい部隊です――曖昧なところもありますが――それらを動かすとは……」


 ヤヨイが首を傾げる。


「……まあ、難しいことは良いんじゃねえか?」


「恩人だからといって、あまり適当なことを言ってもらっては困るな」


 シモツキがタイヘイを睨む。


「モリコ……」


 タイヘイが再びモリコを促す。


「はい、先ほど、国の大半をクーデター側が掌握したと言いましたが、実は都周辺ではそうではありません」


「む?」


「近郊も含めて都ではまだ混乱が続いているということです」


「ほう……」


 シモツキが腕を組む。タイヘイが頷きながら呟く。


「ってな感じだ……」


「……早急に動けば、都を奪還することは可能だと?」


「つまりはそういうこった」


 カンナの問いにタイヘイが頷く。


「スピード勝負ですか……」


「ああ、早ければ早い方が良い」


「ということは迂回ルートを通っているような時間はありませんね……」


 カンナは目の前に広げられた地図を指でなぞる。パイスーが両手を広げる。


「周りには網を張っている恐れがあるぜ」


「それならばなるべく直進で向かうしかありませんね……」


「逆に相手の虚を突けるんじゃないかな?」


 クトラがカンナの言葉に頷く。カンナが腕を組む。


「……問題はやはり、サツキ、ナガツキ、ハヅキですね……彼女らはどうにも手ごわい……」


「それはこちらが引き付ける」


「え?」


 タイヘイの言葉にカンナが驚く。


「同盟だって言っただろう? 援護するのは当然のことだ」


「そう言って、我が国の混乱につけ込むつもりではあるまいな?」


「それならば適当に放っておいた方が得なんじゃねえか?」


「む……」


 タイヘイの問いにシモツキは黙る。


「誤解があるようだが、俺らは自分たちの国を認めてもらいたいのが一番なんだ」


「……極力争いは避けたいと?」


「ああ、言っちゃ悪いが、特にこういう無駄な争いはな」


 カンナの問いにタイヘイは頷く。カンナが呟く。


「それでも手を貸してくれると……」


「どうせ話し合いをするなら、よく知っている相手の方が良いしな。その話し合いが上手くいくかどうかは別としてだが」


「ふっ……」


 カンナが笑みを浮かべる。タイヘイが問う。


「どうだい?」


「……援護をお願いします。わたくしたちは出来る限り一直線に都を目指します。わたくしがもっとも信頼出来る方も無事なはずですし……」


「よし、それじゃあ決まりだな」


 タイヘイが笑顔を見せる。明くる朝、集落を見渡せる丘の上にカンナが再び登る。


「クーデターなどと愚かな行動を取った連中を打倒し、わたくしたちは都を、愛の国全体の平穏を取り戻します……志ある者はわたくしについてきなさい!」


「うおおおっ‼」


 馬に跨り、薙刀を高々と掲げたカンナに兵たちが力強く応える。

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