第9話(1)凛々しさと美しさと力強さと

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「はあ、はあ……」


 カンナが馬を走らせる。大分走ったところで馬を止め、振り返る。


「ここまで逃げればとりあえずはひと安心ですか……」


 そう呟いた後、自らの呟きを自嘲する。


「ふっ、大体どこまで逃げるつもりなのですか、当ても無い癖に……」


 カンナは後方だけでなく、周囲を見渡す。


「わたくしについてきた者はどうやら誰もいませんか……まあ、それも止むを得ません。敗軍の将についていくよりも投降した方が賢明な判断ですからね……!」


「⁉」


 カンナは薙刀を地面に勢い良く突き刺す。馬が少し驚く。馬の背中を優しく撫でながら、カンナが苦笑交じりに話しかける。


「いよいよ命運が尽きたということでしょうかね?」


「?」


 馬が不思議そうに首を傾げる。カンナは笑う。


「ふふっ、サツキみたいに貴方と色々とお話が出来たら良かったのですけれど……そういうわけにも参りませんよね……」


「……」


「……少し疲れました。どこかで横になりたいですね……」


 カンナはあらためて周囲を見回す。少し離れたところに小さな洞窟を見つける。


「ああ、あそこは良さそうですね……」


 カンナは薙刀を地面から抜き取って、洞窟へと馬を進ませる。洞窟の入口に着くと、カンナは馬を降り、馬具を外そうとする。


「……!」


 馬が抵抗する。カンナが首を傾げる。


「どうして? もう自由になって良いのですよ?」


「……‼」


 カンナが馬具を外そうとするが、馬はなおも抵抗する。カンナは悲しくもあり、嬉しくもある、複雑な笑みを浮かべて呟く。


「……仕方ありませんね、勝手になさい」


 カンナは洞窟へと入っていく。入口は狭いが奥に進むと、それなりの広さがあった。


「ほう……これなら足を伸ばせて眠れそうですね。ただ……」


 カンナは入口の方を振り返る。馬の足が見える。どこかに繋いだわけでもないのだが、そこから離れようとしない。カンナは苦笑する。


「あの子があそこにいたらすぐに見つかってしまいそうですね。ただ……」


 カンナは鎧を外して、地面に腰かけてから、ゆっくりと横になる。


「今はとにかく休みたい、流石に疲れ果てました……」


 カンナが目を閉じる。


「……ヒヒーン!」


「!」


 馬のいななきを聞いてカンナが目を開ける。追手が来たか。カンナはゆっくりと起き上がり、鎧を素早く身に着け、薙刀をそっと手に取る。そこに意外な人物が現れる。


「よっ」


「タ、タイヘイ殿……」


「元気か?」


「……そう見えます?」


「そうだな、悪かった」


 タイヘイが苦笑しながら後頭部をポリポリと掻く。カンナが薙刀を持つ手に力を込めながら尋ねる。


「わたくしの首を取りに来たのですか?」


「は? なんでそうなるんだよ?」


 タイヘイが目を丸くする。


「なんでもなにもないでしょう」


「あのなあ、俺たち一応は同盟関係なんだろう?」


「……今のわたくしは単なる一人の女……国を追われた者です」


「単なる?」


「ええ」


「う~ん……」


 タイヘイが頭を片手で抑える。


「わたくしの首を差し出した方が、よっぽど意味があるでしょう」


「差し出すってどこにだよ?」


「知れたこと、わたくしが元いたあの国です」


「ああ、なるほどなあ……」


 タイヘイが顎をさすりながら頷く。カンナが続ける。


「もしくは妖どもの国へ持っていくというのもありかもしれませんね……」


「挨拶ついでの手土産ってやつか」


「そういうことです」


「それはちょっと嫌な手土産だな……」


 タイヘイが苦笑を浮かべる。カンナが地面にドカッと座り、目を閉じる。


「さあ、どうぞ……」


「……」


「………」


「…………」


「? 何をしているのです?」


 カンナが目を開いて尋ねる。タイヘイが答える。


「……アンタの首には価値がない」


「なっ⁉」


 カンナが愕然とする。


「だから……」


「くっ!」


 カンナが懐から小刀を取り出し、自らの喉元を掻き切ろうとする。


「待て!」


「うっ!」


 タイヘイが素早く手刀を繰り出し、カンナの手から小刀を叩き落とす。


「バカなことをすんじゃねえ……!」


「価値がないとまで言われて、生きる意味が果たしてあるのでしょうか⁉」


「……悪い。言葉が足りなかったな」


「え?」


アンタの首には価値がない」


「今の?」


「ああ、そうだ……よっと!」


「きゃっ⁉」


 タイヘイが右手でカンナの背中を、左手でカンナの両脚を抱え、持ち上げる。


「……重いな、いや、鎧の分か」


「な、何をするのです!?」


「まあ、そう暴れるなよ。良いとこに連れていってやるから」


「い、良いとこって……お、下ろしなさい!」


 カンナは抵抗するが、タイヘイはびくともしない。ああ、そうか、こういう末路か、出来れば想像はしたくなかったが、十分考えられることであった。敗軍の将、もとい姫というのはみじめなものだなとカンナは思った。それでもしばらく抵抗は続けたが、タイヘイは自分の体をがっしりと掴んで離さない。暴れ疲れたカンナはタイヘイの腕の中で眠りにつく。


「……おい、着いたぜ」


「……⁉」


 目を覚めたカンナが驚いて目を丸くする。小高い丘の上から、シモツキら三将を初め、多くの兵士たちが揃っているのが見えたからである。タイヘイはカンナを下ろして告げる。


「同盟関係は継続だ。国を取り戻して、自分の首に価値を取り戻そうじゃねえか」


「! ……分かりました!」


 カンナが頷く。その目には凛々しさと美しさと力強さが戻っていた。

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