第5話(4)実力者

                  ♢


「えい!」


「がはっ!」


「せい!」


「ぐはっ!」


「てい!」


「ごはっ!」


「ふん、どいつもこいつも大したことねえな……」


 パイスーが笑みを浮かべる。兵が声を上げる。


「前方の兵が皆倒されました!」


「あの方の応援を呼べ!」


「はっ!」


「……もう来ている」


 黒い忍び装束に身を包んだ青年が乱れた隊列の中に現れる。その青年は口元を覆っているが、青い目とさらりとした金髪が覗く。


「キ、キサラギ様!」


「いちいち騒ぐな……」


「助けに来て下さったのですね!」


「勘違いするな……」


「え?」


「我が軍の障害を取り除きに来たまでだ……」


 キサラギと呼ばれた青年は取り出した苦無をパイスーに向ける。


「へっ、そこそこ強そうなやつが出てきたじゃねえか……」


「貴様のことは知っている……」


「あん?」


「『鬼蜘蛛のパイスー』、人と妖のハーフの人妖……」


「ほう、知っているとはな……」


「『オニグモ団』のボス的な存在……」


「的じゃなくて、ボスなんだよ」


「ここら辺は貴様らの活動範囲ではなかったはずだが? コソ泥の血が騒いだのか?」


「はっ、どうせ大したものを持っていねえだろうが……それにそういうのからはもうとっくに足を洗ったんだよ」


「ならば、何故我らの進軍を邪魔するような真似を?」


「シマを土足で踏み荒らしているてめえらにお仕置きするためだよ」


「シマだと? ここは四つの国の間にある緩衝地帯だ」


「その緩衝地帯も店じまいだよ」


「? 意味が分からん」


「ここがワタシらの国になるってことだよ……これで分かったか?」


「なるほど……全然分からん」


 キサラギが首を傾げる。パイスーがため息をつく。


「はあ……まあ、いいや、ここで消えてもらうぜ。それっ!」


「む!」


 パイスーが両手から長い糸を出し、キサラギの腕を苦無ごと絡め取る。


「へっ! それじゃあ、その武器を振るえねえだろう!」


「……確かにな」


「!」


 キサラギがいつのまにか、パイスーの後ろに回っていた。キサラギが苦無を振りかざす。


「背後がお留守だぞ……⁉」


「へっ!」


「な、なんだと⁉」


 キサラギの手足の自由が奪われる。パイスーが自身の背後に巨大な蜘蛛の巣を張っていたからである。パイスーが笑う。


「ははっ! 忍者がやってきそうなことはこっちもお見通しなんだよ」


「くっ……」


「なかなか間抜けな姿だぜ、キサラギとやら……その糸は簡単には切れない、解こうとしたら余計に絡みつく……厄介な代物だ」


 キサラギは少し動いてみせるが、すぐにそれをやめる。


「……なるほど、確かにな」


「案外物分かりが良いんだな」


「諦めも肝心だ」


「そ、そうかよ……」


「キ、キサラギ様……」


 兵士たちが心配そうな視線を向ける。


「アンタらの頼みの綱はもう諦めたみたいだぜ?」


「う、嘘だ!」


「嘘じゃねえよ、悪いことは言わねえ、これ以上痛い目に遭いたくなかったら、さっさと撤退することだな」


「キサラギ様をどうするおつもりだ!」


「実力者のようだからな……人質としてこちらの手札にさせてもらおうかね……」


「ひ、卑怯な!」


「ありがとうよ。褒め言葉として受け取っておくよ」


「ぐっ……」


「さあ、さっさと撤退しな……そうしないと!」


「‼」


 パイスーが糸を大量に出し、キサラギの体を丸ごと包む。兵士が声を上げる。


「な、なにをするつもりだ!」


「こういうつもりだよ!」


「⁉」


 パイスーがキサラギを糸でぐるぐる巻きにしたまま、地面に何度も叩きつける。


「な、なんてことを⁉」


「人質にするとは言ったが、何もお元気なままでいる必要はねえからな!」


「動けない相手を! 外道が!」


「侵略者に言われたくねえんだよ!」


「……国を立ち上げるというのなら、まず周辺国家にそれを周知するのが先なのではないか?」


「なっ⁉」


 キサラギがパイスーの糸を突破していた。兵士が叫ぶ。


「キサラギ様!」


「ど、どうやった⁉」


「拙者、拙者たちは、人を超えた超人の集まり……これくらいの縛りなぞ造作もない……」


「焼き切ったのか⁉」


「いや、違うな……脚だ!」


「脚……!」


「『烈脚のキサラギ』とは拙者のこと……この脚で進めぬ場所なとないし、破れぬ場所などない、ましてや……!」


「がはっ⁉」


 キサラギの蹴りがパイスーのみぞおちに入る。パイスーが崩れ落ちる。


「……倒せぬ敵などいない」


 キサラギはやや乱れた装束を直す。兵士が問う。


「この女はどうしましょうか?」


「……ヤヨイとシモツキが何やら騒いでいる。拙者が連れて行く」


 パイスーを抱えたキサラギがヤヨイたちの前に現れる。


「キ、キサラギ、アンタ……」


「『暴走のクトラ』、『黒き翼のモリコ』……この辺りの実力者が揃っているとはな……」


「まさか、こやつらが手を組んだというのか?」


「『自分たちの国』がどうとか言っていた、その可能性が高いが……誰が糸を引いている?」


「俺だよ」


「「「!」」」


 キサラギたちが振り返ると、そこにはタイヘイが立っていた。

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