第5話(3)黒い噂

                  ♢


「一体、何事だというのだ!」


「あ、シ、シモツキ様!」


 隊列の前の方に、シモツキと呼ばれた整えた短髪の青年が進み出てくる。


「襲撃を受けているということだが⁉」


「は、はい、その通りであります!」


「諸君らでなんとかならないのか⁉」


「わ、我々の手には余ります!」


「我はあの方の側を片時も離れたくないのだ!」


「え?」


「い、いや、あくまでも警護的な意味でだ!」


 シモツキが慌てる。


「はあ……」


「相手は妖の国の者か⁉」


「ち、違います!」


「なんだと⁉ どこの誰だ⁉」


「あ、あれをご覧ください!」


 兵士が指し示した先には、兵士たちを薙ぎ倒すモリコの姿があった。


「奴は……!」


「あら?」


 モリコがシモツキの姿に気が付く。


「『黒い噂のモリコ』!」


「はあっ⁉」


 モリコや周りの兵士がずっこけそうになる。


「ち、違うのか?」


「全然違うわよ、『黒き翼のモリコ』よ!」


「ああ……」


「ああ……じゃないわよ!」


「当たらずといえども遠からずではあるだろう」


「全然違うでしょう! なによ、そのゴシップまみれの二つ名は⁉」


「人と獣のハーフ……良い噂はまったく聞いたことがないが?」


「ま、まったく⁉」


「ああ」


 シモツキが頷く。


「そ、そんなはずはないわ……」


「いや、実際そうだからな」


「かなりの美貌な持ち主って噂は⁉」


「自分でそれを言うか……」


「どうなのよ!」


「そんな噂も特に聞いたことが無いな」


「アンタがその目で見た感じはどうなの⁉」


「なにか話が変わっていないか?」


「どうなの⁉」


「……美しいとは思うが、あの方には遠く及ばないな」


「なかなかのスタイルだって噂は⁉」


「それも聞いたことが無いのだが」


「実物を見てどう⁉」


「……良いとは思うが、あの方には遥かに及ばないな」


「あの方、あの方って誰よ⁉」


「貴様がそれを知る必要は……無い!」


「!」


 シモツキが槍を突く。モリコがなんとかそれを飛んでかわす。


「コウモリか……厄介だな」


「な、なんて鋭い突きなの……」


「……貴様が我々に向かってくるのがよく理解出来ないのだが?」


「私たちの領地を荒らしたからよ」


「荒らしてない。単に通過しているだけだ」


「同じようなことよ」


「待て。貴様らの領地? ここは四国の緩衝地帯だろう?」


「これから私たちの領地になるのよ!」


「……意味がさっぱり分からん」


「分からなくて結構!」


「‼」


 モリコが翼を思い切りはためかせる。強風が発生し、周囲の兵士たちが吹き飛ばされるが、シモツキは槍を地面に突き立てて、踏ん張る。モリコが笑う。


「ははっ、なかなかしぶといじゃない!」


「こ、こんな風如きでどうにか出来ると思うなよ!」


「そんな不格好な体勢で何が出来るっていうの!」


「むっ!」


 モリコが急降下し、シモツキの体を掴むと、急上昇する。


「な、なにをする⁉」


「こうするのよ!」


「⁉」


 モリコが勢いをつけて、シモツキの体を地面に向かって投げ飛ばす。シモヅキは成す術なく、地面に叩きつけられる。


「ふっ……」


「シ、シモツキ様!」


 兵士が叫ぶ。モリコが見下ろしながら呟く。


「普通はもう動けないでしょう……」


「ふ、普通ならな……」


「なっ⁉」


 モリコが驚く。シモツキが起き上がったからだ。


「我は、我々は人を超えた超人の集まりだ……」


「?」


「その力を見せてやる……」


 シモツキがふらふらと歩く。


「足元がだいぶおぼつかないようだけど?」


 モリコが笑みを浮かべる。


「ふん……」


「その様でどうやって力を見せてくれるの?」


「まあ、待て。そう慌てるな……!」


 シモツキが自らの槍のもとに向かい、槍を地面から引き抜く。


「槍の突きに自信があるようだけど……残念ね」


「なにがだ?」


「なにがって、見て分からない? 私は空を飛んでいて、あなたは地べたをはいずり回っている……この距離を一体どうやって埋めるつもり?」


「なに、やり様はあるさ……」


「槍だけに?」


 モリコが首を傾げる。


「ふっ、なかなか面白いことを言う……な!」


「がっ⁉」


 シモツキが投げた槍が、モリコの肩を貫く。モリコが地面に落下する。


「ちっ、心臓は外してしまったか……」


 シモツキが舌打ちする。モリコが呻く。


「ぐっ……」


「この『剛腕のシモツキ』を侮ってもらっては困るな、あの程度の距離ならば十分に届く……この力こそが我を超人たらしめる……」


 シモツキが胸を張る。

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