2・モフモフ野郎、おにぎりを食べる(その1)

 そんなわけで、今日の朝食。

 梅おにぎりとツナおにぎり。わかめと長ネギと油揚げの味噌汁──以上。

 ちなみに、おにぎりは各々大きいのと小ぶりなのを作ったので、大きいほうのみを交換して食べることになった。

 で、まずは大賀が作ったデカい梅おにぎりを一口。


「……うわ」

「どうした?」

「ごはんがネチャネチャしてる」

「そうか……すまない」


 淡々とした口調のせいで、ちっとも謝っているようには聞こえない。けれど、尻尾が力なく垂れていたから、いちおう申し訳なく思ってはいるのだろう。

 一方の大賀は、自分が作った梅おにぎりを2口ほどで食べてしまうと、神妙な顔つきで俺が作ったデカいツナおにぎりに手をのばした。


「おいおい、なんで身構えてんだよ」

「いや──楽しみにしていたから、つい」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。ただのおにぎりだろうが」

「お前にとってはそうかもしれないが……」


 続く言葉を濁したまま、大賀はおにぎりを口に運んだ。

 けっこうなサイズだったにも関わらず、1/3ほどが1口目で消えた。あいからず食いっぷりがいい。こいつのこういうところ、メシを作る側としてはわりと嫌いじゃなかったりする。


「どうだ?」


 俺の問いかけに、大賀は咀嚼しながら大きくうなずいた。

 尻尾もパタパタと揺れていた。

 これは──満足したって解釈でいいんだよな?

 2口目からは味わうようにちびちび食べはじめた大賀だったが、ふと何かを思い出したようにくるりとこちらに顔を向けた。


「バイトはどうだ?」

「ああ──今月いっぱいで辞めることにした」


 できれば淡々と伝えたかったけれど、ダメだな、声が揺れてしまった。

 大賀は、お椀にのばしかけていた手を止めた。


「それは、あの坂沼という男のせいか?」

「まあ、そうだな」


 店長から聞いた話によると、坂沼は近々うちの店舗担当から外れるらしい。

 さらに、社内調査の結果、これまでの勤務態度の悪さが明るみに出たため、なんらかの処分が下されるとのことだ。

 けれど、坂沼にどんな罰が下ったとしても、一度折れた俺の心が元に戻るわけじゃない。


「とりあえず、しばらくは生活を立て直すことに重点をおいてさ。自炊も復活させて、しっかり飯を食うようにして……元気が出たら、またバイトをはじめようかなって」


 俺としては、今度こそ、からりと伝えたつもりだ。

 けれど「そうか」と呟いた大賀の声は、あきらかに剣呑なものに変わっていた。


「やはりあの日、あの男に会うべきだったか」

「いやいや、それはねーよ!」


 むしろ会わなかったから、被害があの程度で済んだんだぞ? あの日、理性をなくしたこいつと坂沼が対峙していたらどうなっていたか──考えただけでもゾッとする。

 今でも坂沼のことは嫌いだし、たぶん一生許せないだろうけれど、だからといって必要以上の天罰を望むつもりはないんだ。


「ていうかお前、身びいきしすぎじゃね?」


 神様って、ふつうもっと万人に平等なはずだろ?

 なのに「かつて友人だった」ってだけで、俺の味方をしたり坂沼に天罰を下そうとするのは、さすがにマズイんじゃねーの?

 俺の指摘に、大賀はしょっぱい顔つきになった。


「たしかにそう思っていた時期もあった」


 ──うん? 「時期」?


「だが、俺はつい先日まで人間だった新米だ。まだまだ修行中の未熟者だ」


 それは……まあ。


「それゆえに納得がいかない」


 ビシッと尻尾が左右に激しく揺れた。


「俺は、俺の友人が困っているなら手を差し伸べたい。俺にできることなら、どんな形であっても力になりたい」


 ああ──なんか前にもそんなことを言っていたよな、お前。


「自分がもはや人間でないことはわかっている。だが、それでも一個人の『大賀尊』としての思いは、易々と変えられるものではない」


 そうなのか? なんか意外だな。お前なら、鉄の意志で折り合いをつけてしまいそうなのに。


「そんなわけで、神森から許可をもらった」

「……うん? なんの?」

「助けを求めている友人たちに、気が済むまで手を差し伸べることへの許可だ」

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