3・モフモフ野郎、おにぎりを食べる(その2)
え……こいつ今、なんて言った?
友人たちに? 気が済むまで手を差し伸べるって?
それって「神様」としては明らかにまずいんじゃねぇ?
「そうかもしれない。だから、これは『神』としてではなく、あくまで元人間だった『大賀尊』のやるべきこととして──」
「いや、そんなの詭弁だろ」
数ヶ月前までがどうであれ、今のこいつはまぎれもない「神様」だ。その影響力のすごさを、お前はつい先日痛感したんじゃなかったのか?
「わかってる。だから条件付きだ。1・先日のような天災を起こさない、2・目をかけるのは一度にひとりまで」
「いやいや、そういうことじゃなくて!」
俺が指摘しているのは「身びいき」のこと。神様がそんなことをして許されるのか、って訊いてんの。
「せめて『お布施してくれた人限定』とかにしておけよ。そうじゃないと釣り合わないだろう」
「心配ない。そうした者たちの訴えには『神』として耳を傾ける」
「だったら……」
「だが『大賀尊』としては別だ。信仰などは関係なく、俺は俺の気になる者を堂々とひいきすると決めた」
その決意の強さを示すかのように、大賀の尻尾が再びばさりと揺れた。
「神森も、人知を超えた力を発揮しなければいいと言っている。むしろ、友人たちの負の感情に触れながら力をコントロールする必要があるので、いい訓練になるだろう、と」
「うわ、物は言いようだな」
あの野郎、たぶん頑固なこいつを説得するのが面倒になって、途中で妥協したんだろうな。
「じゃあ、いちおう聞くけど──次は誰を助けたいんだ?」
「新島だ」
「ああ、あいつか」
同じ野球部だった、俺たちの代の正捕手──なるほど、お前の元相棒か。
ていうか、あいつ今なにが大変なんだ? 少し前に会ったときは「彼女ができた」ってはしゃいでいなかったか?
「その恋人のことで、頭を悩ませているらしい」
「──マジか」
いや、でもちょっと待て。今の話の流れだと、いわゆる「恋バナ」の相談にお前がのるってことか?
無理じゃね? お前、恋愛とかとぜんぜん興味なさそうじゃん。
俺の指摘に、大賀は鷹揚にうなずいた。
「たしかに、その点について否定するつもりはない」
「だったら……」
「だが、誰かを特別に想う気持ちについては理解できる」
え、そうなのか?
「それくらいなら俺にも経験がある」
大賀の眼差しが、熱を帯びたものになる。
──どうした? お前のそんな顔、初めて見るんだけど。
そのまま見つめ返すと、大賀はふいと視線を外して再びおにぎりを食べはじめた。どうやら詳細を話すつもりはないらしい。
「じゃあ、ええと……今度は新島のもとに転がり込むってわけか」
「……」
「あまり迷惑かけるなよ? 相手の女に腹を立てすぎるなよ?」
「ああ」
「立てたとしても、ゲリラ豪雨はやめておけよ?」
「わかっている」
「それと、その……」
しばし迷った末、俺は今一番伝えたかったことを口にした。
「また、うちにも遊びに来いよ」
大賀の尻尾が、動きをとめた。
「とりあえず、こんなふうに朝ごはんくらいは用意してやるから」
これも、実はさりげなく口にするつもりだった言葉。
でも、たぶん失敗した。その証拠に、大賀の尻尾は動きを止めたままだ。
(……ダサ)
こんなありきたりなことすら、サラッと言えないなんて。
けれど、後悔にさいなまれる俺とは対照的に、大賀は嬉しそうに口元をほころばせた。
「わかった。また世話になる」
かつてのライバルでありチームメイトであり、現「友人」となったモフモフ野郎のこの表情を、俺はきっと忘れることはないだろう。
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