3・1週間前の話(その2)

 神森の口調があまりにもふつうだったから、俺は危うく「なるほど」と頷きそうになった。

 けど待て。こいつが今言ったこと、俺の常識からはかなり外れているぞ?


「は? 神様? 誰が?」

「尊くんが」

「いや、おかしいだろ!」


 たしかにあいつは「神童」だの「天才」だの呼ばれていたけど、生物学的な分類でいうとあくまで人間じゃねぇか。

 なのに神様? なんだ、そりゃ。


(……いや、待て)


 もしかして比喩的表現ってやつか? ほら、よくあるだろ。特定界隈のすごいやつを「神」って言い表すみたいな──


「残念。そのままの意味」

「──は?」

「文字どおりそのまんま。尊くん『神様』になっちゃったの」

「いや……けど……」


 混乱する俺を見て、神森は「だよねー」としたり顔でうなずいた。


「ふつう信じられないよねぇ、常識的に考えたら有り得ないことだし」

「当たり前だろ! そんな話、聞いたことねぇよ!」

「じゃあ、論より証拠。まずはこれを見て」


 神森が差し出してきたのは、スマホで撮った大賀の写真だ。


「なんだよ、この写真がどうか……」


 ──うん?

 なんだ? 大賀の後ろに写っているやつは。


「気がついた? そのモフモフしたやつね、尊くんの尻尾」


 ──は?


「もうさー、びっくりしちゃうよねぇ。たしかに『二十歳になったら神様の証が現れる』とは聞いてたけど、誕生日当日に本当に尻尾が生えてきちゃうんだもん」

「いや……生えるって……」


 頭のなかがグルグルする。

 なんだよ、それ。そんなこと有り得るのか? 尻尾って生まれつき備わっているものじゃないのか? 後天的に生えるなんて、聞いたことがないぞ?

 ていうか神森、お前もお前だ。元チームメイトのこの状況を「びっくりしちゃう」で片付けていいのか? そんなあっさり受け入れられることなのか?

 思わずそう詰め寄ると、神森は「あーそれはねー」と肩をすくめた。


「俺、知ってたんだよね、尊くんがいずれ神様になるってこと」

「えっ」

「高校時代は内緒にしてたけど、俺と尊くん、付き合いが長いというか──うちの家、代々大賀家と深い関わりがあるんだよねぇ」


 このあと、神森は「大賀家と神森家」の歴史についていろいろ説明してくれたんだけど、長ったらしいし、うさん臭かったからひとまず省略。

 まあ、要点をつまむと「大賀家は神様の血筋」で、たまに一族のなかに「神様が生まれる」ことがあるらしい。


「で、大賀家に三世代ぶりに現れた『神様の子』が尊くんでさ」

「じゃあ、あいつは生まれつき『人間』じゃなかったってことか」

「いや、そうじゃなくて……二十歳までは、いちおう人間なんだよ。ただの『神様候補』にすぎないっていうか」


(「ただの」──?)


 それにしては何もかも恵まれすぎていて、いかにも「神様に選ばれた人間」って感じだったけどな。

 高校時代のどうしようもないコンプレックスが、記憶のなかからのっそり顔を出す。ああ、嫌だ。あんなもの、もう二度と捕らわれたくはねぇ。


「それで?」


 どす黒い気持ちを振りはらうように、俺は敢えて声のボリュームをあげた。


「ハタチの誕生日にあいつのケツに尻尾が生えてきて、このたびめでたく『神様』になりました──ってか」

「そのとおり。さっすが叶斗くん、理解が早い!」


 神森はおだててくるけれど、べつに今の話を本気にしたわけじゃねぇ。とりあえず、説明を理解できたってだけだ。


「で、なんで俺と大賀が同居?」

「んーそのことなんだけど」


 神森は、指先についた枝豆の塩を舐めとった。


「さっきも説明したとおり、うちは代々大賀の神様を支えてきた家なのね。で、尊くんのサポートは俺が引き受けることになってるんだけど」


 神森いわく、実家の事情で1ヶ月ほど大賀の面倒を見られないらしい。


「だからさ、ほんの1ヶ月でいいから! 頼むよ叶斗くん、尊くんの面倒をみてあげて!」

「いや、俺、お前んちの人間じゃねーし」


 そもそも1ヶ月程度なら放っておいても問題ないだろ。あいつだっていい大人なんだから。


「それが有り有りなんだよ〜。尊くん、野球の才能には恵まれていたけど、生活能力はほぼ皆無だったじゃん」

「……言われてみれば……」

「でしょ、そこは認めるでしょ? 寮生活していた3年間、掃除も洗濯も、俺らがずっと手伝ってたじゃん。叶斗くんなんて、しょっちゅう『いい加減にしろ!』ってキレてたし」

「まあ、たしかに……」

「しかも、神様になったばかりだからメンタルが超不安定でさぁ」


 ──待て、それはさすがに嘘だろ。

 だって、あいつ、高校時代からずっと「大人物です」みたいな雰囲気を醸し出していたじゃん。いつもめちゃくちゃ注目されて、アンチっぽいやつらにはしょっちゅう絡まれて──なのに全然動じないから「大賀って、実は人生3周目なんじゃねーの」ってからかわれていただろうが。


「つーか、やっぱ『神様』とか信じられねぇ!」

「ええっ、またそこ!?」

「そこだろ、どう考えても!」


 大賀が「神様」? やっぱり有り得ないって!


「でも、ほら……尻尾の写真見せたし……」

「そんなの合成でどうにでもなるだろ」


 あるいは、ただのコスプレグッズとか? こんなの、ネットで探せばすぐに手に入るだろ。

 俺の指摘に、神森は「うーん」とうめき声をあげた。


「わかった……じゃあ、確かめさせてあげる」

「……は?」

「今から尊くんに連絡するから。尻尾、直接見せてもらいなよ」

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