2・1週間前の話(その1)

 約束していた店に入るなり、待ち合わせ相手は「かなくーん、こっちこっち」と朗らかに手招きしてきた。

 高校時代と変わらないマイペースさ。同じ野球部仲間だった神森達かみもりたつだ。


「久しぶり。なんだよ、急に呼び出したりして」

「アハハ、ほんとごめんね〜」


 そのわりに、神森はちっともすまなさそうな顔をしていない。知っていた。こいつはもともとこういうやつだ。図々しくてちゃっかりしていて、でも不思議とどこか憎めない。


「あのさ、かなくんにお願いしたいことがあって」

「やべぇ、すでに嫌な予感しかしねぇ」

「そう言わないで。俺と叶斗くんの仲じゃーん」


 どんな仲だよ。ただの元チームメイトだろ。


「で、なんだよ、頼みって。宗教とかネットワークビジネスはお断りだぞ」

「ネットワークビジネスではないけど、宗教は……うーん……」

「え、マジで」


 すぐさま席を立とうとした俺の腕を、神森は「まあまあ」となだめるように引っ張った。


「とりあえず何か頼みなよ。ほら、メニュー表」

「宗教の勧誘ならお断りだ」

「勧誘じゃないって。『信者になれ』とか言わないし。ただ、ちょっと……神様絡みの話ではあるんだけど」

「ほら、やっぱり勧誘じゃねーか」

「違うって! そこは安心して! ただ……」


 んー、と神森は唇をとがらせた。


「どこから話そうかなぁ、先に用件を伝えたほうが早いのかなぁ」

「そうしろ。それで詳細を聞くかどうか決める」

「了解。じゃあ、本題から」


 タッチパネルで「枝豆」と「エイヒレ」を注文しながら、神森はさらっと「本題」を口にした。


「叶斗くんさぁ、しばらくの間、みことくんと同居してくれない?」

「……は?」

「尊くん。覚えてるよね?」


 当たり前だろ、忘れたくても忘れられねーよ。

 おおみこと──高校時代、俺たちと同じ野球部に所属していたチームメイト。1年から3年までエースを務め、プロからも声がかかった天才ピッチャーだ。

 その大賀と? 俺が? なんで?


「まあ、そうなるよねぇ。そのあたりの説明がちょっと難しいっていうか、長くなっちゃうんだけどさぁ」


 水滴だらけのビールジョッキを傾けながら、神森はこれまたさらりととんでもないことを口にした。


「尊くん、今、神様でさ」

「……は?」

「まあ、神様になってまだ3ヶ月目の新米ではあるんだけど。いろいろ不安定な状態だから、誰かに面倒を見てほしいんだよねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る