シャドウ/ステップ

菖蒲

第一部 シャドウ/ステップ

チャプター1-1 足音

2020年 4月 2日 



 後ろから人の影と足音だけが近づいてくる。



 今月から3回生になる大学生の豊田は、友人4人と焼肉を食べた帰り、電車に乗り最寄りの駅に0時丁度に下車した。


 その駅は、いつもと変わらず無人駅。

 上り電車のホームに行く、駅構内の跨線橋こせんきょうと下り電車のホームにトイレ、自動販売機、改札口しか存在しない寂しい駅だ。


「調子に乗って、食べ過ぎたかな……少し気持ち悪いな……水分補給でもするか」


 いつものように、自動販売機で緑茶のペットボトルを買い改札口を出たところで後ろから足音が聞こえた。


 後ろを振り返るが、誰もいない……それもそのはずである。


 なぜなら、俺しかこの駅で下車した人がいないのだから。


 最初は、トイレに誰かが残っていたのかと思ったが……足音は跨線橋を下りて来てるように聞こえ背筋が『ゾッ』とした。


 上り電車は既に最終時刻を過ぎているし、それに姿は見えないが足音だけが聞こえる。


 俺は、すぐさま駅を離れるべく大きな街灯のある駐輪場に向かう。

 自転車の鍵を開けて、ペダルを回そうとしたら『ガチャ』っと音を立ててチェーンが外れてしまった。


「なんで、こんな時に限って!?」


 すぐさま、チェーンを治そうとした瞬間に改札口が開いた音が聞こえる。


 音がした方に振り向いてしまったが、そこには誰もいない。


 早く自転車で坂道を上がって国道に出よう! そうすれば、車や人通りも増えるはず。


 などと、考えつつ行動していたとき、全ての街灯が一斉に消え暗闇になった。

 不可思議なことが重なり、豊田の心臓の鼓動が早くなった途端に、ボソボソ喋る声が聞こえてくる。


 すぐさま街灯がついたので、声がした方を向くと他の街灯の光によって影だけが見えた。


 そこには、パーカーとロングスカートを着ている小柄な子供……のように見える影だけが存在した。瞬間、後ろから地面を強く蹴って歩く足音が聞こえてくる。


 振り返ると、姿はないが地面に複数の足形と歩く足音だけが近づいてくるのがわかった。


 足が震えて、チェーンを治すために地面に置いといた緑茶のペットボトルを足音がする方に転がしてしまった。


 足形がペットボトルに付くと『バリバリバリ』と言う音と共に存在が消え……消滅した。

 まるで、足形が付けられたペットボトルなど存在しなかったように。


「夢だ……そうだ! これは夢だ! 俺は、まだ電車で居眠りをしているはず」

『は……やく、に……げて』

「お、わわっわわわっわわあああああああ!!」


 突如聞こえた声に驚き、奇声を上げながら自転車を蹴とばして大通りに出る坂道目掛けて走りだしていた。


『はやく、にげて……ここから離れないと戻れないから……揺らめ……みちし……』


 何を言っているのかは、最後まで聞き取れなかったが、気にしてる余裕もなかった。


「な、なんで!」


 俺は走っているのに、追ってくる複数の歩く足音を振り切れないのだから。






 息を切らせながら、必死に坂を駆け上がった矢先……


「なんだこれ……いつもの坂道を上がってきたのに、道がない……なんで雑木林になってんだよ!」


 坂を上がったら、そこにあるはずの国道が存在せず。坂道の終わりにある小さな街灯から暗闇の雑木林が目の前に現れたことだけが認識できた。


 道を間違えた? 気が動転していて? いや、そんなはずはない。


 こんな一本道で間違えるはずがないし。


 そんなことを、考えていると後ろから歩く足音と少し後ろの街灯に、あの影が見えた。


「く、くるな! くそ、戻れないなら進むしかない」


 灯りがない中を藻掻くようにまっすぐ進む。

 枝や葉っぱで手に傷ができても、迫りくる謎の恐怖から傷を気にする余裕もない。

 先に進めば進むほど視界は悪くなり、自分の心臓の音が頭にガンガン響いてくる。

 そして、微かに草木を書き分けながらついて来ている足音が後方から聞こえてくる。

 その音が、近くなる度に心臓がはち切れそうに鼓動する。


 この繰り返しは、いつまで続くのか?


 俺は、いつまでこの暗闇を宛もなく彷徨えばいいのか……


「逃げれば助かるのか? もう助かる場所はないのか……とにかく今は進め!」

 

 訳が分からない自問自答しながら、俺は暗闇の雑木林を更にまっすぐ進んだ。






 暗い。

 怖い。

 消えたくない……

 先が見えない……






「もう……戻れないのかな……なんで、こんなにも後悔が頭から離れないのかな……」



 暗闇に溶け込見、飲み込まれてるように感じる今が恐ろしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る