第7話 不幸
「……助けて!!」
千里は突然の大声に驚き目を覚ました。しかしどうやら、その声は自分自身が出したものだった。
口が乾き、冷や汗がすごい。心臓がうるさいほど鳴っている。
「ひどい悪夢だった」
千里は自分が見た悪夢を思い出す。夢なのに目覚めた後も鮮明に覚えている。まるで実際に起こったことを追体験しているかのようだった。
「大きなお屋敷に偉そうなちょんまげの人と、怪しい風体の老人」
二人は、屋敷の中でも光のあまり届かない部屋で、密かに会話していた。
「頼んでおいた件はどうなった?」
ちょんまげが、囁くような小さな声で老人に尋ねる。
「順調に進んでおります大名様」
「具体的には」
「はい。怪異の狂暴性、攻撃性ををなくし、人間に直接的な被害を加えないようにすることに成功しました。これにより我々は安全に怪異を使い、そして不要になったらいつでも処分することが可能になります」
「そうか。あとどれほどで完成する?」
「あと一月ほどいただければ」
「そんなにかかるのか」
「はい。あの怪異は、誰彼構わず不幸をばらまきます。その点を矯正しなければ兵器として運用するには危険すぎます」
「わかった。もう行ってよい」
「失礼いたします」
老人はその老体からは想像できない俊敏さでその場から去った。一人残ったちょんまげは天を仰ぎ、独り言をこぼす。
「口から不幸をこぼすサル。一見ただ話すだけで危険性の全くないそれが、人の命を奪う兵器だとはだれも思うまい。あのサルが手に入れば、この世は私のものだ」
彼の表情は知らず知らずのうちに凶悪な笑みへと変わっていた。
「ん?」
何かの気配に気づき後方を振り向く。そこにある障子に黒い影が映っているのを確認した。
「誰だ」
ちょんまげは静かに声をかけたが、反応はない。刀をいつでも抜ける状態にして障子に手をかける。そして勢いよく開けた。
「サル!!」
そこにいたのは、何度か見たことがあった、ちょんまげが兵器として運用しようとしているサルだった。
驚いたちょんまげだったが、次の行動は早い。刀を瞬時に抜いて相手に向ける。
「何だお前は。何の用だ」
ちょんまげはサルに話しかけた。するとサルは口を開き、こう言った。
『刀で腹を一突き』
「!!」
ちょんまげはまさか自分が使う兵器が、主に向かって不幸をこぼすとは思わなかった。
「ふん」
しかしすぐに立ち直りサルを袈裟斬りにした。
切られたサルは静かに、血ではない黒い液体を体から流し絶命した。完全に事切れた後は体がチリとなって消えていった。しかし、なぜか黒い色をした舌だけはその場に残っていた。
「怪異風情が」
不機嫌なちょんまげは、使用人に部屋を掃除させようと部屋を出た。その瞬間
「うぐっ」
腹部に衝撃が走った。その勢いで転ぶ。予想外の衝撃に目を白黒させながら腹部を見る。すると、わき腹に刀が刺さっていた。
「がああああ!!ああ!!」
それを認識した瞬間、体に信じられないほどの激痛が走る。
「な……ぜ」
ちょんまげは情けなく叫びながら、思考を巡らせる。なぜ自分は刺された。なぜ自分は死ぬ。なぜ自分は……
しかしその答えが得られないまま、意識が遠くなっていった。
「夢で出てきたサル。予言ザルに似てた」
千里は夢の内容は予言ザルと関係があるだろうかと思いつつベッドから出てリビングに向かう。
「おお、おはよう千里」
千雄が声をかける。既に起床し、テーブルで何か作業をしていた。
「おはよう。何してるの?」
テーブルには古びた巻物とパソコンが置いてあり、千雄はそれらを交互に見ながら、手に持った自分のノートに何やら書き込んでいる。
「この巻物の解読だ。千里。なんとこの巻物には、予言ザルのことが書かれてあるんだ」
「ええ!?」
「まだ前半部分しか読み取れていないが、一つ分かったことは、あのサルはもともと起こることを予言するわけじゃあなかったってことだ」
「え?じゃあなんなの」
「あのサルの言葉を聞いたものはその言葉通りの不幸が起こる。あのサルは、不幸を起こすサルだったんだ」
「不幸を、起こす」
千里は千雄から聞いた事実に驚きつつも、どこか納得したような感覚になった。それは
「夢と一緒だからだ」
「なんだい?」
「お父さん、聞いて。私今日夢を見たの。その夢で予言ザルは、『不幸をこぼすサル』と呼ばれてた」
「なんだって!?詳しく教えてくれ」
千里は夢の内容を詳しく説明した。
「今千里が話した夢は、過去に実際に起こったことの可能性がある。なんで過去の出来事が千里の夢に現れるのかは分からないが、その夢では予言ザルについて新しい情報があるかもしれない」
「うん」
「僕のノートにまとめておく。また夢を見たら教えてくれ」
「分かった。今日を無事乗り越えられればいいけど」
俯く千里の両肩を千雄が掴んだ。
「大丈夫だよ。今回のサルの予言は、家の中にいたら起こらないタイプのものだ」
「でも私に予言が起こらなかったら、ほかの人が犠牲に」
千雄が真顔になる。
「その話は昨日決着しただろう」
「……うん」
「……とりあえず、朝ごはんにしようか。今日は僕が作るから、千里はお母さんを起こしてきてくれ」
「……はい」
その日、三人は一歩も家から外に出ず日々を過ごした。千里は朝からずっとニュースをつけて過ごした。犠牲者が出ないことを祈るような気持ちでニュースを見ていた。しかし夜、ニュースキャスターが速報を読み上げた。
『四十代男性、鉄柱に体を貫かれ死亡』
その内容は高所でビルの建設をしていた建設業者のミスにより、移動させていた鉄柱が高所から落ち、下にいた帰宅途中の会社員の体を貫いたというものだった。その事故現場は千里の通学路だった。
「予言は、これに違いないわ。私の代わりに人が……」
「千里、自分のせいにするな。今日千里を家から出さなかったのは僕たち親なんだから」
「そうよ」
千雄と千恵は千里を慰める。千里は二人のこの行為が、千里に人を間接的に殺した罪悪感を抱かせないためのものだと分かっていた。しかし千里が自分を助け、他者を見殺しにしたのは紛れもない事実。自分に対する嫌悪感と罪悪感に押しつぶされる。
「ちょっと、部屋にいるね」
千里は今にも感情の防波堤が決壊する自分の姿を、これ以上親に見せたくはなかった。速足で部屋に駆け込み扉に鍵をかける。ベッドに倒れこみ、枕に顔を押し付けた。その瞬間、すでにボロボロだった防波堤は壊れ、感情の波が心を満たした。溺れているかのように苦しかった。その苦しみに耐えるために目をつむった。長い間そうしていると、いつの間にか意識を失った。
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