第4話 罪
翌日
「せっかくライブ、楽しみにしてたのに」
千里はうなだれて重い息を吐く。その表情は人生に絶望した人のように暗かった。
「しょうがないでしょう千里。何度も言うんじゃありません」
そう言う千恵の表情にも影が差している。
「ねえお父さん。本当に私たち家に籠らなくちゃダメなの?昨日みたいに私たちへの予言じゃないかもしれないわ」
この日、三人は遠方の都市で行われるライブに車で向かうことになっていた。千里が非常に楽しみにしていたが、昨日の予言ザルの予言により中止になってしまった。
「千里の言う通りかもしれない。しかしそうじゃないかもしれない。残念だけど、予言ザルの予言が私たちに実際に起こる可能性があるうちは、予言がその通りにならないように動くべきだ。千里も交通事故に遭いたくはないだろう?」
「それはそうだけど」
「すまないが、我慢してくれ」
「……わかった」
「ありがとうな」
千恵が優しく千里の頭をなでた。その日は三人とも一日中家に籠った。その甲斐があったのかはわからないが、その日の夜まで、家族は交通事故には会わなかった。
その日の夜、三人は少し早めの夕飯を食べていた。
「まだわからないが、とりあえずはまだ交通事故は起こってないな」
「私たちは家にいるんだから、交通事故の被害には遭わないわ」
「いや、そうとも限らないよ。急にトラックが家に突っ込んでくる可能性もある」
千里と千恵の顔が引きつる。
「怖いこと言わないでよ」
「ああ、ごめんよ。テレビでも見ようか」
千雄はリモコンを手に取り、テレビをつけた。ニュース番組が映し出される。ニュースの見出しは
『速報 交通事故 四人死亡』
「交通事故……!」
その内容は、飲酒運転をしていたドライバーがハンドル操作を誤り、対向車とぶつかってしまったというものだった。互いの車のドライバーと、ぶつかられた車に同乗していた二人の家族が亡くなってしまうという悲惨な事故だった。
「おい。ここって、僕たちが今日通る予定だった道路じゃないか?」
「本当だわ!時間も私たちが帰る予定だった時間と一緒。もし私たちが予定通りライブに行ってたら、事故に遭っていたのは……」
三人の顔は青ざめた。予言を聞いていなかったらどうなっていたかと考えると背筋が凍った。全員しばらく口がきけなかった。
「なあ。もう予言ザルの予言を聞くのはやめにしないか」
千雄がそう切り出したのは、いつも予言ザルが現れる時間の二十分ほど前だった。
「……どうして?予言ザルの予言がなかったら今頃私たちは空の上だわ」
「そうだ。僕たちは予言がなかったら、ライブに行き事故で死んでいた。つまりあの予言は、やはり僕たち家族に起こることなんだ。それまで可能性のあった、『他人に起こることでも予言する』という説はほぼなくなった」
千恵と千里は頷く。二人は予言ザルを命の恩人だと思い始めていた。
「しかし、僕たちは予言を聞いたことで死ぬ運命を回避した。あのニュースを見て最初は安堵したよ。しかし、よく考えてみてくれ。あのニュースでは四人死亡とあった。その内訳は飲酒運転をしたドライバーと、ぶつけられた車に乗っていた三人家族。この三人家族って、本当は僕たちだったんじゃないか?」
「あ」
「どういうこと?」
千里は気づいたようで、顔に驚愕の表情を浮かばせた。千恵は首をかしげている。
「つまり、僕たちが予言によって死ぬ運命を回避したことで、代わりに死んでしまった家族がいた。という可能性があるということだ」
「……そ、そんな」
「も、もしそうだとしたら私たちは自分たちを助けたことで、ほかの人の命を奪ってしまったの?」
「ああ」
三人の間に、重い沈黙が流れた。全くその気がなかったとはいえ、他人の人生を奪ってしまった可能性に、激しい後悔が生まれた。
最初にその沈黙を破ったのは千雄だった。
「僕は最初にも言ったけど、もう予言ザルの予言は聞いちゃいけないと思ってる。予言で自分たちの命を助けられるとしても、その代償に他人の命が奪われる可能性がある。それが分かったうえで予言を聞いたら、それは殺人と同じだ」
千雄の言葉に、二人も同意を示した。
「これからは、誰も予言ザルの言葉は聞かない」
その言葉は、家族のルールとなった。
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