第3話 転嫁
次の日、また千里の部屋に三人は集まった。
「あのサルは、いったい何?」
「わからない。ただ一つわかっていることは、あのサルが言ったことは実際に起こるってことだ」
「そうね。あのサルはこれから起こることを『予言』してる」
「……『予言ザル』ってこと?」
「ああ。果たして『予言ザル』は、僕らにとって良い存在なのか、悪い存在なのか」
「どっちにしろ、無視はできないわね」
「また、来るかな」
そのような言葉を交わしながら三人はその時を待った。そして前日に予言ザルが現れた時間と同じ時刻、それは現れた。
茶色の毛におおわれた大きな影が、木々を伝いこちらに来る。それは前と同じように窓の前の木で立ち止まり千里たちのほうへ向く。
「予言ザル……」
三人の誰が言ったとも分からない呟きに、予言ザルは反応せずその大きな口を開いた。
『明日の朝、転ぶ』
はっきりとそう言葉を発し口を閉じると、何を考えているのかわからない虚ろな目を千里たちから外し、ゆっくりと夜の闇に消えていった。
「明日の朝転ぶって言ってたな」
「うん。誰が、どこで転ぶんだろう」
「わからないわね。あのおサルさん、予言するのはいいけど少し言葉足らずなのよねえ」
予言ザルが行ってしまってから、三人は口を開いた。
「とりあえず、明日の朝はみんな、転ばないように気を付けよう」
「「はーい」」
三人は部屋を後にした。
翌日
「行ってきます!」
元気に声を上げ、千里は家を出た。地面を注意深く見ながら歩く。何かに躓いて転ばないようにするためだ。家で朝の支度をしている時も、転ばないように気を付けた。いつもより時間はかかるが、転んで痛い思いをするよりましだ。
「千里、おはよ」
そうして歩いていると、声をかけられた。千里の友達だ。
「おはよ」
「なんで、下向いて歩いてんの?」
「転ばないようにするため」
「え?普通にしてても転ばなくない?」
「今日は転びそうだから」
「なにそれ、変なの」
友達は千里の話を冗談だと思ったのか、少し笑った。
「てか、今日数学の授業、二回もあるよ。まじだるい」
「それな。私も数学嫌い」
友達は、注意深く歩いているため移動が遅い千里と話すため、後ろを見ながら歩いている。千里は自分が転ばないように地面を見るので精一杯だったため気づかなかったが、友達のその状態はすごく危なっかしかった。そして
「わぁ!」
友達が転んだ。
道にあった少し大きめの石が足に引っ掛かり、盛大にしりもちをついた。
「だ、大丈夫?」
千里は慌てて友達に駆け寄る。
「い、痛い」
友達は半泣きになっていた。
幸い、友達は手のひらを擦りむいた程度のけがだった。しかし、千里は動揺を禁じえなかった。
「転んだのは私じゃなくて、友達?」
その日、千里は一度も転ばなかった。千雄と千恵も転ばなかったそうだ。
その日の夜、家族は千里の部屋に集まっていた。
「予言ザルの予言は嘘だったってこと?」
千里が声を上げる。前回も前々回も予言ザルの予言は当たった。しかし今回、家族の誰もあのサルの予言の通りにはならなかった。
千里の疑問に千雄が応える。
「いや、千里の話を聞く限り予言ザルの予言は当たったと思う」
千里はすでに二人に朝の出来事を話していた。
「昨日の予言は、『明日の朝、転ぶ』だったはずだ。この予言には誰がという情報がない。僕たちは勝手にあのサルは自分たちに起こることを予言しているのだと思っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれない」
「それは、予言が他の人を対象にしてる場合もあるってこと?」
「そうだ」
「なるほどねぇ。私は単純に私たちが予言を聞いて、転ばないように気を付けたからだと思っていたけど」
千恵が二人の会話にそう口をはさむ。
「その可能性もあるが、僕は僕たちが行動を変えたくらいで、予言がそう簡単に外れるとは思えない。あの神秘的なサルが何者かはわからないけど、もし神の使いとかだったら、そう言った存在の予言は絶対というのが普通だろう」
「そういうものかしら」
千恵の納得のいかなそうな返しに、千雄がさらに何か話そうとしたが、叶わなかった。外から物音がしたからだ。
「きたか、今回も」
そののそりのそりと聞こえる足音は、過去に三回聞いた音。
「また同じ時間だわ」
茶色い毛むくじゃらの獣が姿を現した。
「予言ザル……」
予言ザルは、その黄色い眼光で千里を見つめ、口を開いた。
『交通事故にあう』
「「「え」」」
三人は同時に同じ顔をして固まった。固まる三人をよそに、予言ザルはいつものようにゆっくりと暗闇へと消えていく。
「ま、待って」
千里は叫んだが、予言ザルが待つことはなかった。
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