第4話
ぼくがその猫に気づいたのは、店へと続く商店街を歩いている時だった。
ぼくの奇妙な友人にして変わり者、周りからは強面からして先立って(積極的に)話しかける人はいないおっかない人。店に掛けられた看板名から『古井』さんと呼んでいる。
商店街のなかでその猫に気づいたのは偶然だった。古井さんの店に向かっているとき、ふと後ろからついてくる気配がして、振り向いたら猫がいた。耳が長くて青色の毛並みをもつ小さな猫だった。子猫なのだろうか、体格は小さい。ぼくが手を出そうとするとおっかない顔をしてさっと逃げて行ってしまう。ぼくが振り向き歩こうとすると黙ってついてくる。先に道を譲ろうとするとその子は浮かない顔をしていこうとしない。まるでぼくをおちょくっているかのようだ。
古井さんの店に入ると、その子は玄関にそれるようにして待つ。その様子を見ていた古井さんはこう言った。
「あの子は、物の怪の類やね。きっと、キミが気になってついて来たんだね。大丈夫、あの子は守り神だよ」
そう言って、取り繕ってくれなかった。守り神…あの小さい猫が。
商店街のなかにだけ僕についてくる変わった子猫。商店街を出てしまうとあの子はふらっといなくなってしまう。振り返った時にはもういない。後ずさりしながら見ようとしたこともあったけど、あの子は、ぼくから視線を合わせないように隠れてしまう。
あの子は、ぼくをなにから守ろうとしているのだろうか。その真相はいまだにわからない。だけど、古井さんに対して悪口を言ったり、からかったりする人が来なくなった。もしかしたら、あの子がそうさせているのかもしれない。
それは嬉しいのだけど、その代わりというか、学校の友人たちが一切関わってくれなくなった。話しかけてもまるで透明人間に話しかけられたかのように知らんぷりされる。学校の行事でも先生や家族意外とはほとんど接点を失くしてしまった。
そのことを古井さんに相談したこともあったが、「ふーん。あの子はまだ幼いから。なにが敵でなにが味方がわかっていないのかもしれないね」と他人事のように語る。
「困るんですよ。友達がいなくなるのって、寂しいんです。学校の中ではいつも一人ぼっち。先生に呼ばれることがあっても友人からは振り向いてももらえない。そんな寂しい毎日が学校という牢獄に変わってしまった。このまま、あの場所にいたら、可笑しくなりそうだ」とぼくは必死で訴えた。
すると、「それは君の考えすぎじゃないかな。あの子は、いまも君を見守っているよ。だけど、君を奪おうとしている輩がいるね。そうでしょ、お師匠さん」と振り返った先でお師匠さんがいた。いつの間にいたのかさっぱりだ。
「奪おうとしているのは事実じゃ。だが、お灸をすえないと、この先、苦労するだろうじゃ」
そう言って、古井さんの背を叩きだした。
ペチペチと音が鳴るたびに「痛い、痛いです! お師匠様!!」と、泣きながら弁明しだす。
「寂しかったんです。一人でいるのは寂しいのです。お師匠様はいつも外出。あの子は夕方しか来ません。一人でいるのは嫌なのです。だから、あの子の友人たちに脅したんです」と、強烈な事実を吐き出した。
「え……」
言葉を失った。友人たちが遠のいたのは物の怪の子猫が原因ではなく古井さんだったという。古井さんは寂しいのが嫌だからという理由で友人たちを脅し、ぼくから遠ざけようとしていたようだ。
「まったく、呆れて言葉もでんわ。これが弟子だと思うとさっさと故郷に帰りたくなるというものじゃ」
「師匠様も見捨てるのですじゃ」
「わしの言葉をとってもダメじゃ」
もう一発強めに背中から殴って見せた。古井さんはめそめそと涙目を浮かべながら「ごめんよ、いまから訂正してくるね」とあの強面がぐずぐずに崩れてしまった顔は、鬼が憎しみの涙を浮かべているようで怖くてたまらない。これじゃ、誤解がさらに誤解される。
「師匠さん、こう言っていますし、もういいんじゃないですか」
「甘いのー。甘いのは和菓子だけにしてくれ。こんなんじゃ、店を任せられんわ。しゃーないの、ワシもしばしば手伝うじゃ。弟子の失態は師匠の失態じゃ。今後、二度としないよう見守ることにしようの」
その言葉を聞いて、安心する束の間、古井さんはしかめっ面を浮かべながら嫌そうな顔をしていた。あれだけ寂しいといいながら一緒になると聞いた途端、拒絶するあたり、この人、本当にすごいなぁと思った。
あれから、友達は少しずつ戻っていった。戻っていったが、古井さんとは縁が切れそうなのか、店から追いやられる日々を過ごしているようだ。
物の怪の子猫が”敵”と”味方”の違いが分かるようになったらしく、ぼくから”友達”を奪おうとした”古井さん”を敵だとみなして、攻撃するようになった。その都度、お師匠さんは大笑いだ。古井さんは助けてほしいと懇願するも、子猫はまだ”敵か味方”か区別してない。このままにしておこうと思った。
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