第2話
ぼくの友人に古美術商を営んでいる人がいる。名字を教えてくれないので看板から『古井』さんと呼んでいる。
今日は学校が早めに終わったこともあり、友人がいないこともあって一人でこの店にやって来た。案の定、近所のお付き合いからかあの店に対しての嫌がらせともいえる噂話を耳にした。
「怖い男か女か知らない店主が、子供を誘拐した。怖くて怖くて警察を呼ぼうかとしたけど、主人は大げさにするなって」
半分家庭の事情も挟みつつその人が口々に言っていた。古井さんは外見上、どうしても怖く見えてしまう。怒っているというか引きつっているというか、いわれもないことを言われるのはしょっちゅうだ。
そんな古井さんのお店に出入りしている僕にむかって「あの子も呪われているんだわ」と云われないを言われる始末だ。
「古井さん、こんにちは」
「ああ、いらっしゃい」
客相伴にまるっきり向いていない無愛想な声で古井さんは答えた。
外の噂話やら厄介ごと、ましては噂好きの近所さんに目を付けられているのだ。大した客は来ないし、寄ってくることもない。本来なら警察に対応してもらう案件だが、古井さんの強面を見れば、警察はどっちを信じるのことやら。
「ちょうど実に興味深いもんがきたよ」
「なんです? 興味深いものって」
古井さんは近く摘まれた本の山から一冊の本をとってぼくに手渡すなり説明した。
「なんですかこれ」
「本や」
「いや、それはわかっていますよ。興味深いっていうのですからなんかオカルトからみですか」
古井さんは頭を軽く揺らしながら「今日、お客さんが置いていったもんや。ただ、やっかいがらみでな。いま、師匠が出かけているから、オレだけじゃ怖いん」と強面の人がそれを言うのかとツッコミを入れたいがぎゅっと手を握りしめ堪えた。
「…それをぼくが開け、と」と、古井さんは正解と言わんばかりに手を叩いた。
「いやいや、そんな危険なもん。普通は師匠さんか、あなたの仕事でしょ」
古井さんは顔の前で手を激しく振りながら「そんな大したものじゃないよ。せいぜい追い出すぐらいしかできない。それよりも、開けないの?」としつこく催促してくる。この人は何をしたいのやらとやれやれと思いながらページを開いた。
すると、部屋全体が赤色で塗りたくったかのように真っ赤に染まった。本や窓、売り物から人まですべて真っ赤になった。一瞬目の錯覚か幻覚だと思ったが「面白い物やろ。周りの色を変えてしまう、おかしくておもしろいものや」と古井さんは冷静に言った。
「知ってて、ぼくにせがんだのですか?!」
古井さんは最初からこの本がなんだったのか知っている感じだった。それをわざわざ芝居を打ってまでやらせてそれを見て喜ぶなんて根が腐っている。
「だって面白いもん」
ぼくはページを閉じた。すると真っ赤だった部屋が元の色に戻った。どうやら開いている間だけ色を変えるみたいだ。ぼくは腹が立つまま、本を古井さんに向かって投げた。コツンと額に当たり「痛い」と涙目を浮かべる。本当に痛がっているのかそれともわざとなのか表情から察することはぼくの技量では判断できない。
「それじゃ、もういいでしょ」
「はにゃ?」
「まだふざけているのですか」
「師匠が帰ってくるまででいいから、残ってにゃ」
「可愛く言えば、同意するとでも…!」
ちょっと怒りぎみに言うも「勝手に帰ったら泣くから」とせっかくの強面が台無しだ。ぼくは古井さんの説得に負け、結局七時を回るまで一緒にいさせられた。その間、本を開くよう強制させられ、赤色、青色、白色、虹色と様々な部屋へと変えさせてはおちょくられていた。
師匠が帰ってくるなり、部屋が真っ黒だったことから、古井さんにゲンコツがお見舞いされた。
「お土産は?」
「もう一発ほしいか」
「いえ、結構です」
そんなやり取りを尻目にぼくは帰宅した。
古井さんは結局その後、あの本を返却したようだ。師匠に黙ってお客さんから借りたらしいが結局はダメだったらしい。そのお客さんは師匠の古い知り合いだったというが、果たしてあの強面の古井さんに貸すぐらいだ。そうとう変わった人なのだろうか。また古井さんから弄られるが、その話はまた別のお話。
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