古井さん

黒白 黎

第1話

 ぼくの友人に古美術商を営んでいる人がいる。古びた看板の名前から”古井(ふるい)”さんと勝手に呼んでいる。本人もまんざらもなさそうだし、そもそも名前を聞くと適当にはぐらかされてしまうので、仮の名で呼ばせてもらっている。

 古井さんは見た目よりも若く、まだ二十にも達していないのだとか。近所から「話しにくいおばさん」と呼ばれているので、本人は苦い顔つきをしながらぼくにこっそりいうのだ。

「本当は二十なのに、人って見かけで判断するから嫌だよね」

「でもそのおかげでぼくみたいな変わり者がくるでしょ」

「自分でそれをいうのか愚か者めが」

 コツンと額を叩かれた。

 見た目通り乱暴者でおっかない。だから、恋人にも愛想がつかれるし、近所からおっかない目で見られるんだ。でも、本当は根が優しいし、困った人には放っておけない心優しい性格の持ち主だ。

 古井さんのお店であった話をする。


 古井さんのお店は代々祖父の代から引き継いでいる。出店は地方のどこからしいがここで商売を始めたきっかけは狐さんが夢のなかでここで商売しろと言われたことが由来だ。古井さんはまだ七と幼く、商売のやり方さえまだ知らぬ幼き人だった。たまたま父の商売がうまくいき、次の店をどこで開くかという話になった時、古井さんはここがいいと示したことにより無事に開店することができたという。

 父とはそれからしばらくの間は、一緒に商売していたのだが、祖父の店が危うくなったことと、古井さんが一人じゃない人が来ないなどして父とは月に一度か正月ぐらいしか会わなくなってしまったそうだ。

「父とは、再開しているのか?」

 妙な言い回しで尋ねると「父とは仲がいいからな。だけど、長くいられない。私は父と一緒にいると不幸になってしまうから」と、それは夢の中で出てきた狐と関係しているのだろうか。そのことについて尋ねたこともあったが「それはキミが知るべき世界ではない」とはぐらかされてしまう。

 古井さんはまだ若く、父と一緒に商売したいと考えているようだ。だけど、地主のたたりか、狐の守り神の力のおかげか、古井さんの父はここへ来ることはできないようだ。

「古井さんの父に会ってみたいな。どんな強面の人なんだろうなー」

 古井さんみたいに見た目だけで怖かったらどうしよう。もし、一緒にいるところを見られたらきっと近所からおかしな噂話が広まってしまうかもしれない。そんな妄想をしていると、古井さんはふと立ち上がってこう言った。

「お客さんだ。今日はもうこれでおしまい」

 お開きするかのように両手でパンと一回叩いた。ぼくを追い出すようにして背を両手で外へ押し出した。ぼくが振り向く間もなくシャッターを下ろし、外灯の光を切った。

 お客さんが来るのに締め出すなんておかしな話だ。シャッターを閉めることも外灯を消す必要もない。古井さんはなにか隠している。そう思うと、居ても立っても居られない。

 ぼくは曇りガラスの窓から中を覗き込む。くっきりとした姿は見えないが影ぐらいなら見えるだろうと、今思えば外階段を使って中に侵入する手もあったと思い出す。二階は基本的に鍵をかけないのが古井さんの習わしだ。なぜかは知らない。

「今日はなにしに」

 古井さんが誰かと話している。相手の声は聞こえない。ただヒソヒソと小さく囁いているみたいだ。

「それはできない相談だね」

 古井さんが困った表情を浮かべるかのよな言葉を吐いた。

「だめだって。あれはオレのお気に入りだ。お客さんがどういようが同意することはできない」

 古井さんは早く帰ってほしいといわんばかりにその影を二階へと押し出す姿を見た。どうやらお客さんと思わしき人を二階から追い出そうとしているみたいだ。しめしめこれは姿を拝むチャンスだ。

 ぼくは外階段から忍び歩きで階段をのぼり、建物の角からその姿を見ようとした。

「あなたがどういようが、オレは同意できない。それはあなたたちの世界のやり方であり、この世界のやり方ではない」

 古井さんは両手で押し出している。その存在が扉ごしから姿を現した時、声を失った。

 のっぺりとした白い肌にこんにゃくのような外見をしたものが出てきた。古井さんは必死で追い出そうとしていたが、そいつは負けじと耐えていた。手ぶらでは帰れない。そんな感じで地面に足?を付けて必死で帰らんとしていた。

「いい加減に帰ってください。いくらあなたがえらい人であろうと、それだけは売るわけにも手放すわけにもいきませんので」

 いったいなにを手放すようせがんだのだろうか。ぼくは気になり、もう少し見てみたいと顔を出した。その瞬間、のっぺりとしたそいつはぼくに向かって駆け込んできた。

「あっ! 逃げて!!」

 古井さんがそう叫ぶのも虚しく、のっぺりとしたそいつはぼくの身体に抱き付くなり、「ウォロロロロォォオオ」と嘆くかのようにしてどこかへと持って行こうとした。身体の自由が効かない。まるでそいつと同一体になったかのように自分の意思で体を動かせない。

「あ…ああ…」

 ぼくは声を失い。ただ”あ”としか喋れない。古井さんが茫然としているとそこに銀色の髪をした女の子が現れた。のっぺりとしたそいつに向かって手を付け、「帰れ」ただそう言ったような聞こえた。

 のっぺりとしたそいつはたちまち豆腐を地べたに叩きつけたかのように飛び散っていった。

「寝月さん!」

 古井さんがそう呼ぶと、女の子は「また、断ることもできんとはそれでもワシの弟子かの」と古井さんの額に向かって手刀で叩いた。ペチンと音がでると古井さんは痛そうに額に手を当てて涙を浮かべていた。

「危なかったな。アイツは”影絵”と呼ばれるやつだ。元々は誰かの落書きだったが命と意識が宿ったことにより、生命を得たのだ。ただ、人間と違い言葉を介することはできん。それよりも、あれほど防犯意識はちゃんとしろというとろんだ!」

「はいー…つみまちぇん」

 すみませんと言いたかったのだろうか、古井さんは涙目を浮かべ鼻水を垂らしていた。

 古井さんと女の子と怪物との出会いを得て、ぼくはいつの間にかこの店で働くようになっていた。ただ古井さんが気になり店に来ていただけなのに、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。

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