第3話: げきあま

「ゲーム中は私とずっと手を繋いでいること」


 なんとなく分かってはいた。いたけども。


 特に断る理由もないし、むしろ断ったら失礼だし、こういう時は流されるに限るものだし。

 とにかく照れる。照れるが、それはそれとして手はつないでしまおう。


 先輩の左手の指の間に俺の右手の指を挟み込み、指を折り曲げる。

 心臓は絶え間なくなり続け、顔は熱く感じる。


「へえ〜、何も言ってないのに恋人繋ぎしてくれるんだ」


「…先輩の手の出し方のせいですよ」


 先輩はよくこうやって、罠に誘い込むようにして俺をからかう。もしかしてこれが巷で噂の小悪魔系なのかもしれない。


「ルーレット回しますね」


 先輩のスマホをタップして、ルーレットを回す。


「あ、また私が王様だね」


 先輩は顎に指を添えて、少し考え込むような仕草をする。


「よし、これから透くんは私のことを、『灯織先輩』、『灯織お姉ちゃん』、『灯織たん』の3つの呼び方のうちどれかでしか呼べません!」


「実質一択じゃないですか」


 まあこのくらいなら全然いいけど。その命令よりもさっきからずっと恋人繋ぎをしてる右手の方が気になって仕方がない。


「ちょっと一回呼んでみて?」


「ひ、灯織先輩」


「あれ、『灯織たん』とは呼んでくれないの?」


「呼ぶわけないでしょ」


 一番最初に除外した選択肢だ。


「じゃあどんどんルーレット回しましょうね〜」


 先輩は相変わらずのハイテンションでスマホの画面をタップする。

 ルーレットは今度こそ俺のところに止まる…かと思いきや、眩い光が放たれて先輩のところに止まった。つまり…


「お、また私が王様かあ。運がいいね」


「またですか」


「じゃあ今度は、透くんのおうちに連れてってよ」


「え?」


 急にこの人は何を言い出すんだ。確かに俺は一人暮らしをしていて、誰が来ても何か文句を言う人もいないが、さすがにそれは行き過ぎな命令ではないのか。


「いや、さすがにそれは…」


「だって、王様の命令は絶対だよ?」


 先輩は俺の目をじっと見つめてくる。


 …先輩の瞳は、深い青色をしている。日本であまり見かけることのないその瞳の色のせいかは知らないが、先輩にその目を向けられると俺はなぜだか逆らうことができない。それとも、逆らいたくないだけなのか。


「実は透くんが一人暮らししてるっていうの、知ってるんだよね」


 なぜに。この人は俺のことをストーキングでもしてるのか。


「だって私、おんなじアパートに住んでるからね」


「ああ…、なるほど」


 俺の住むアパートは完全に一人暮らし向けの間取りだ。家族で住むには、たとえ二人で住むにしても狭すぎるため、必然的に一人暮らしということになる。

 というか、先輩が同じアパートに住んでいるということの方が驚きだ。俺は先輩を一回も通学路で見かけたことはないし、建物周辺で見かけたこともなかった。


「だから、一緒に帰るついでに部屋でも見てこっかなと思って」


「まあ、構いませんよ」


 先輩のあの目を見てしまった時点で、先輩の頼みを断るという選択肢はなかった。


「やった、じゃあ放課後ね」


 今もまだ握り続けている先輩の手がすこし強く握られる。…よかった。


「次でさいごにしよっか、ルーレット回すの」


「まあ、もういい時間ですからね」


 先生に呼び出しをくらっていたのもあって、壁にあるアナログ時計を見ると、すでに時刻は十七時三十分を過ぎようとしている。部活の活動としてはちょうどよいくらいの時間帯だろう。


「じゃあ、ルーレット回すよ~」


 先輩が今日一番の力で画面をはじくと、画面の中のルーレットもそれに呼応するかのように勢いよく周りはじめ、やがて俺の名前を指して止まった。


 …この時くらいしか聞けないこともあるだろう。この流れならば何を聞いたとしても許されるだろう。今しかないのだ。


「先輩は…」


 握る手に少し力を込めて勇気を振り絞る。


「どうしてそんなに、俺にかまってくれるんですか。教えてください」


 先輩はまるですべてを分かっていたかのような表情で、わざとらしく悩むふりをする。


「うーんとね、実は私は、ずっと前にキミとあったことがあるんだよね」



 …その言葉は、俺が先輩から一番聞きたくない言葉だった。

 先輩、俺に何かを期待しているのだろうか。『俺のことを知っている』人が、俺に何を期待しているのか理解している。きっと先輩もそのうちの一人なのだろう。


「すいません、やっぱ家来るって話、無しでお願いします」


 とっさに口から言葉がついて出る。


 あまりにも自分が自分勝手、独りよがりであることは分かっている。

 それでも、もう無理なのだ。


 繋いでいた手を放し、カバンを背負って教室から出る。みじめな自分を、他人の目にこれ以上さらしておきたくはなかった。



■◇■



 一人になった教室で、水無月灯織は微笑を浮かべていた。


「やっぱり、透くんならそうなっちゃうよね」


 彼の抱えている問題は、非常に、小さな問題だ。彼女はそれを理解している。しているから、あえて彼を追い詰めている。


 果たして彼はこれからどうするのか。彼女には全て分かっているのだろう。

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