第1話: お昼に先輩

 昼休み。高校生ならば誰もが待ち望んでいる青春の時間…なんていうのは近年流行りの青春映画とかドラマとか、果てにはオタクの領分を侵食し始めた青春アニメとかに作られたステレオタイプであって、光あれば影もあるように、例外の人もいるということを念頭に置いて学校生活を送ってほしい。

 こんな長い自語りを頭の中で展開しているというところから俺の生活を察してほしいが、もちろん俺は例外側の人間である。現在昼休み、気になる俺の様子は…?


「Zzz…」


 なんて、現実では一回も聞いたことのない謎のいびきをかきながら、教室のど真ん中で寝たふりをしています。

 目を閉じながら思考を巡らせるこの時間は俺にとっては至福で…


 「寝たふりなんてしてないでさ、私と一緒にご飯食べよ?」


 …今日もか。最近絡んでくるなぁ。

 ゆっくりと顔をあげると、大人びたショートカットの髪を耳にかけながら、笑顔でこちらをじっと見ている部活の先輩、水無月灯織が立っていた。いや、先輩めっちゃ目立つからあんまり教室で話しかけてほしくないんだけど。


「いや、その…」


「なに?放課後はいつもあんなことしてるのに、昼休みに一緒にご飯食べるのはダメなんだ?」


 ザワザワ――と、周りのクラスメイトがこちらに視線を向け小声で話しているのが聞こえる。当然だ。彼女は

 今もこちらを見つめているサファイアのように蒼く澄んだ瞳、筋の通った高い鼻は、ドイツ人を母に持つ彼女の生まれをこれでもかというほどに強調しており、浮かべている微笑みは彼女の魅力を倍増させている。


 …というか、先輩の特大爆弾発言のせいで周りからの目線がすんごいんだが。


「分かりました。分かりましたから先輩、行きましょう」


「ちょちょ、そんなに引っ張らないでよ」


 ざわめく教室を後ろ目に、教室のドアをあけ放つ。今すぐ移動しないと周りからの視線で死にそうだ。



■◇■



「ええ~、部室はもう見慣れたし、お昼くらいは別のところで食べようよぉ」


「いや、ほかのところで食べると目立っちゃいますから…」


 我らが研鑽スポーツ部の部室は旧校舎一階の廊下の突き当りとかいう、この部活に用事がある人以外誰も来ないであろう場所にある。よって、この目立つ先輩と話をするのには最適だ。


「私は別に目立ってもいいんだけどな」


「俺は目立つのが怖いんですよ、先輩と違って」


「私は目立つのが怖くないんじゃなくて、目立ったとしても君と、透くんと一緒にいたいだけなんだけどね」


「………またそんなことを」


 先輩はいつもこうやって、どこから生まれたのか分からないような感情を、出会ってたったの1ヶ月の俺に向けてくる。


 そこが底知れなく、怖いんだ。


 でもなんで俺のことが好きなのかと、聞くことはできない、怖い。

 だって、俺には誇るべきところなんて何も…いや、あったな。結構勉強はできる方だし、スポーツだって悪くない。顔もそこそこいい方だし、俺ってもしかしたらモテるのでは?


「ところでさ、勉強と部活とルックスが評価基準になってる学校社会って閉鎖的で馬鹿らしいよね」


「なんでそんなピンポイントで人の心を読んだような話題を振れるんですか?」


「だって、自信に満ち溢れてた顔をしてたから、てっきり『結構勉強はできる方だし、スポーツだって悪くない。顔もそこそこいい方だし、俺ってもしかしたらモテるのでは?』なんて考えてるのかもしれないなあと思って」


「いや、はは、おこがましい…。そんなこと考えてませんよ…」


 先輩は時折人の心を見透かしているかのような勘の鋭さを発揮する。それも相まって、彼女はクラスでは…というか学校では、孤高の存在として扱われているらしい。


「まあほんとに、馬鹿らしいと思うよ。私はそんな単純な理由で透くんのことを好きになったわけじゃないしね」


「…そうですか」


「そうなんだよね〜」


 先輩は余裕の笑み。いつも通りだ。


「もうそろそろ昼休みも終わるし、早く食べなよ」


「まあ、そうします」


 あとはお互い黙々とご飯を食べ続ける。


 この緩急も、先輩の謎のひとつだ。仲良く喋れていたと思ったら、唐突に静かになる。俺はそうされると、先輩が…いや、なんでもない。


「ごちそうさまでした」


 静寂を破るためにはっきりと発音してみる。


「ん、もうそろそろ帰ろっか。また放課後ね」


「そうですね、また放課後に」


 昼はここでおひらきのようだ。

 …また、先輩の謎は解けなかったな。


―――――――――

次回、王様ゲーム回。

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