「ラブホって凄（すご）いねー。色々（いろいろ）、キラキラしてて。大人になれば、こういう所に堂々（どうどう）と入（はい）れるんだから楽（たの）しそう」

　今月、卒業したばかりの後輩（こうはい）少女が、小休止（しょうきゅうし）の間（あいだ）に水分（すいぶん）を補給（ほきゅう）しながら笑った。厳密（げんみつ）には今月末（まつ）まで、法律で彼女はラブホテルを利用できないはずなのだが、その辺（あた）りのチェックが甘（あま）いホテルというものはあるのだ。

「次は、私以外の相手（あいて）と行（い）って、幾（いく）らでも楽（たの）しんで。貴女が付き合うのが男でも女でも、私は構（かま）わないから」

　ベッドから離（はな）れたソファーに腰掛（こしか）け、タバコをふかしながら私は言った。寝（ね）タバコで火事（かじ）を起こすのは不味（まず）い。これまでも後輩（こうはい）少女は、私が喫煙（きつえん）する度（たび）、『私にも吸（す）わせて』とね（・）だ（・）っ（・）て（・）きては纏（まと）わりつくのが常（つね）だった。そして私は彼女に、喫煙（きつえん）も飲酒（いんしゅ）も許（ゆる）していない。

「先輩（せんぱい）って鬼畜（きちく）だよねぇ。私の体だけが目的（もくてき）で、もう飽（あ）きたから別（わか）れるんでしょ？　制服（せいふく）姿（すがた）の学生にしか興味（きょうみ）が無（な）いんだから最低だね」

　ベッドで後輩（こうはい）が笑っている。非難（ひなん）でも批判（ひはん）でもない事実（じじつ）で、ただ彼女は面白（おもしろ）がっていた。私は私で怒（おこ）るでもなく、ただ彼女から『先輩（せんぱい）』と呼ばれる事を楽（たの）しんでいるのだから救（すく）いようが無（な）い。年が離（はな）れた少女から、そう呼ばれるのが私は好きなのだ。

「そうよ、私は最低の反面（はんめん）教師（きょうし）なの。だから早く、次の恋でも目標でもいいから見つけなさい」

「言われなくても、そのつもり。先輩（せんぱい）は私じゃなくて『学生（がくせい）』を見てた。それが性癖（せいへき）なのかトラウマなのか知らないけど、どうでもいい。どうせ、これからも同じ事を続けるんでしょ？」

　その通りだった。彼女は正しい。例（たと）えるなら人を殺した人間に向かって、『貴女は殺人犯（さつじんはん）よ』と言い切るような正しさだ。人の行為に、どのような理由や背景があったかを全（まった）く考えず、ただ事実だけに目を向けている。それでいいと私は思った。

「良く分（わ）かってるじゃない。そうよ、私には未来が無いわ。きっと、いつか捕（つか）まるでしょうね。だから貴女は、早く私と縁（えん）を切りなさい」

「もう、先輩（せんぱい）ったら。分（わ）かってるだろうけど、私は先輩（せんぱい）を責（せ）めてないよ？　確（たし）かに先輩（せんぱい）は、どうしようもない人間なんだろうけど、それでも極（ごく）悪人（あくにん）って訳（わけ）じゃないわ。お酒もタバコも私から遠（とお）ざけてたし、初（はじ）めて私をラブホに連（つ）れてきてくれたのも、これが最後だからなんだろうし……色々（いろいろ）、ありがとう」

　感謝されてしまった。『初めての相手は特別』というのは、本当なのだろう。これまで私は、この後輩（こうはい）少女も含（ふく）めて数多（かずおお）くの女子（じょし）に手を出してきて、処女（しょじょ）を奪（うば）ってきた。それで一度も大（おお）ご（・）と（・）にならなかったのは、少女達の優しさに守られてきたからだ……そんな少女達と同様に、私も『初めての相手』には感謝の気持ちしか無いのだが。

「ねぇ、まだ終（お）わりじゃないんでしょう？　最後なんだから楽（たの）しまないと損（そん）だよ？」

　少女がベッドで誘（さそ）ってくる。若い子の体力は無尽蔵（むじんぞう）で、一年ごとに私は引（ひ）き離（はな）されていく一方（いっぽう）だ。制服が似合（にあ）う年の子にしか惹（ひ）かれない、私への罰（ばつ）が、これなのだろうかと思った。炎（ほのお）に向かって舞（ま）う蛾（が）のようなもので、いつか身（み）を焼（や）かれ、地（ち）に落（お）ちるのだろう。

　脈絡（みゃくらく）も無（な）く、母親を思（おも）い出（だ）す。母が良く言っていた、『仏（ほとけ）様（さま）を大切（たいせつ）にしないと罰（ばち）が当たる』という言葉を私は信じない。しかし人の罪（つみ）を裁（さば）く、神（かみ）の存在は何（な）故（ぜ）か信じられた。きっと、いつか私は罰（ばっ）せられる。私と母は考えが合わなかったが、案外（あんがい）、中身（なかみ）は大（たい）して変わらなかったのだろうか。早くに離婚（りこん）した母も、私と同様に、肉の疼（うず）きを抱（かか）えながら生きていたのか。

　タバコを灰皿（はいざら）で揉（も）み消（け）し、ふらふらとベッドへ向かう。後輩（こうはい）少女は水分（すいぶん）を補給（ほきゅう）していたペットボトルをまだ持っていた。仰向（あおむ）けに裸体（らたい）を晒（さら）し、膝（ひざ）を立てた状態で、両足（りょうあし）を開（ひら）く。その両足（りょうあし）の間（あいだ）に後輩（こうはい）が、ペットボトルを両手で持って立（た）てて見せる。部屋の照明（しょうめい）が当たって、中に半（なか）ばまで水が残っているボトルは、とても綺麗（きれい）に輝（かがや）いて見えた。

　その場に止まって、目を釘付（くぎづ）けにされた私が居（い）る。私の視界は狭（せば）まっていて、気配（けはい）だけで少女の唇（くちびる）が淫猥（いんわい）に上（あ）がっているのが分（わ）かる。少女はボトルの先端（せんたん）をゆらゆらと動かして見せて、形状（けいじょう）が細長（ほそなが）くなっている先端は彼女が新（あら）たに獲得（かくとく）した生殖器（せいしょくき）のようだ。

　少女は曲（ま）げて立てていた膝（ひざ）を伸ばして、足をぴたりと合わせて一般的な仰向（あおむ）けの状態に戻す。そこから上体（じょうたい）を起（お）こすと、彼女はキャップを緩（ゆる）めて外（はず）し、中の水を少し腹部（ふくぶ）の下方（かほう）へ掛（か）けた。水は流れて、閉（と）じられた足の、付（つ）け根（ね）の間（あいだ）へと溜（た）まる。

「飲（の）んで、先輩（せんぱい）。水分（すいぶん）補給（ほきゅう）は大事（だいじ）よ？」

　私に拒否権（きょひけん）は無（な）い。そもそも拒（こば）もうとも思わない。ベッドに到達（とうたつ）した私は舌（した）を伸（の）ばす。少女が笑いながら、両手で私の頭を掴（つか）んで動かす。私は後輩（こうはい）少女が、大人の女性へと成長した事を実感させられる。攻守（こうしゅ）は逆転（ぎゃくてん）して、私はベッドで転（ころ）がされながら様々（さまざま）な格好（かっこう）で、時（とき）に水を飲まされる。

　こんなペットボトルの使（つか）い道（みち）があったのかと私は驚（おどろ）かされて、部屋の天井（てんじょう）にある大きな鏡（かがみ）が万華鏡（まんげきょう）のように私達の姿を映（うつ）しているのを見る。次は、どんな光景が見えるのかと目が離（はな）せない。私は自分の意思で体を動かせなくなって、それは些細（ささい）な事でしか無（な）くて。意識が明滅（めいめつ）して彼女の笑顔だけが瞼（まぶた）に残（のこ）って、とても幸（しあわ）せな感覚に包（つつ）まれて私は果（は）てた。