シャル、悩む
――ソフィーのその言葉から、半月が経った。
ソフィーとユリウスとの婚姻の儀、そしてエリストールによる偽金貨製造が明るみに出たあの日。
あの日を境にエリストールは、セーヨンの街の統治から姿を消した。
国王陛下らによる正式な処分が下るまで、エリストールはモートン男爵邸で一時預かり。
偽金貨製造に関与していた伯爵家の使用人やお抱え職人らは牢獄へ。
そして、今までエリストールが担っていた公務は、ジャンポールを中心に男爵家の人間で少しずつ引き継ぐことになった。
同時に、偽金貨製造に関する全てが、男爵家からのお触れという形でセーヨンの住民たちに知れ渡る。他の街にもやがて広まっていくことだろう。
また、ジャンポールはこれまで伯爵家側についていた商人とも、今後は取引を行うことを通達した。
……期せずしてセーヨンは、モートン男爵家のもとに統一されたのである。
「……そういうことだ。学校も統合するらしいから、今後はシャルの学校にも伯爵家側の商人の関係者が来るようになるだろう」
商会内の空き部屋で、モーリスは話す。
そのモーリスの前には、椅子に座って、何をするでもなくただぼんやりとしているシャル。
……婚姻の儀以降、シャルの元気がない。
何をするでもなく、自室でぼーっとしているなんてことも多い。学校に行ってない、どころか外出すらしていない。
商会のお手伝いはしてくれているが、どこか手持ち無沙汰だ。
計算ミスをすることもある。シャルがそんなこと、今まで無かったのに。
――まあ、気持ちはモーリスも、それなりに分かる。
「……シャル。ユリウス様のご心配ならしなくて大丈夫だ。ソフィー様とともに、男爵邸で特に問題なく過ごしているらしい。まだ婚姻の儀直後で色々忙しいようだが、時間ができたらまた商会に挨拶したいと男爵様がおっしゃられていたよ」
「そうですか……」
ユリウス様はわたしのことをどう思っているだろうか、とシャルは考える。
貴族らしさがあまり無い、普通の男の子という感のユリウス様。
割り切ってる、と言葉では言っていた。
貴族の子供はそういうものだから、と。
ソフィー様も同じようなことを言っていた。
でも、本当にユリウス様は覚悟を持っているのだろうか。
……別にユリウス様を信じてないわけじゃない。
けど、その気がない相手と結婚するって、どんな気持ちなんだろう?
しかも、その結婚の理由さえ、自らと直接は関係ないところなのだ。
いくらこの世界では当たり前だからって、シャルの、というより野乃の感性からしたら信じられない。
その信じられなさが、シャルを悩ませる。
男爵邸では、ソフィー様と一緒にいるらしいが……
「……って、あれ、結局ソフィー様の処遇は……」
「ああ、それが一番重要だな」
モーリスは、一旦言葉を切ってから切り出す。
「王都から、伯爵家の処遇に関する連絡が男爵宛に届いた」
シャルはぼんやりと顔を上げ、モーリスを正面に見る。
「……リブニッツ伯爵は、国外追放となった。数日中のうちにセーヨンからまずは王都へ護送される」
その後、王都での再度の聞き取りを経てから国外へ。少なくとも数年は、王国の地に踏み入ることは許されない。
「そして、伯爵家の領地は全て没収の上、モートン男爵家へ引き継がれる。資産も最低限を残すのみで、基本的には男爵家に移動することになる」
「とすると、家そのものも……」
「いや、家としては息子が引き継ぎ、爵位も残るらしい……とはいえ、貴族としてのものは、全く何も無くなってしまう。実質取り潰しに近いだろうな」
……偽金貨の製造は、本当に伯爵が単独で思いつき実行したことらしい。
実際、王都で暮らすエリストールの息子は、聞かされるまでこのことを全く知らなかったそうだ。
「そのあたりも考慮されているのだろうが……伯爵家の他の人間には、特に責任は負わされていない」
「じゃあ、ソフィー様も?」
「ああ。ソフィー様の場合は、自ら告発し伯爵様に自白を促したことと……」
モーリスの顔が、少しつまらなさそうになる。
「すでにモートン男爵家に入っており伯爵家との関わりも薄くなっている、何か罰を与えると男爵家側にも影響するかもしれない……という点が考慮されたらしい」
――それは、あの時ソフィーが言った言葉、そのまんまじゃないか。
確かに、あの大広間で行われたパーティーの段階では、もう儀礼的なものは全て終了している。
パーティーが始まった時点で、ソフィーはすでに男爵家の人間なのだ。
ああ、ソフィー様はそれも計算のうちに入れていたんだ。
……というより、もしかしたらそのために婚約を急いだのではないか。
男爵家によって偽金貨の調査が始まれば、遅かれ早かれ伯爵が犯人だとバレる。
その前にまず自分が婚約を結び、男爵家に入ることで(言い方悪いが)安全圏に逃げる。
そしてそのうえで伯爵の罪を告発すれば……
……もしそうなら、ソフィー様が急に婚約を早めるよう頼んだ辻褄は合う。
「ソフィー様の予想通り、だったということですね」
「だな。……まあ、婚約が破棄にならずに済んだという意味では、男爵様たちも安心なさっていたよ。ただでさえ男爵家は急に領地が倍……いや3倍ぐらいになって、色々とあるタイミングだ。この上一度決まったものが取り消しにでもなっていたら……」
モーリスの難しい顔の理由は、シャルにもわかる。
結局、国王陛下らによる処遇は、男爵家にとって良い結果だった……と言えるだろう。領地が増え、セーヨン全体を治めるようになり、かつ後継ぎであるユリウスの婚約も無くならなかった。
でも、それらは全てソフィーの思惑通り……素直に良い気もしない、というのはシャルも想像がつく。
……これからも、ソフィーは周りの人間を上手く操って、自身の最大利益のために立ち回るのだろうか。
その場合、シャルのこれからにも影響は間違いなくあるだろう。
もちろんシャルだけではない。そう、ユリウス様にも……
「シャル、そう難しい顔をするな。……最後に国王陛下より、シャルへ向けての言葉を預かっている」
「わたしに……ですか?」
「ああ。ベース法についてのことだよ」
モーリスのその言葉で、シャルの頭の中の霧が、ほんの少し晴れる。
ベース法という言葉に、ほとんど無意識にシャルは反応していた。
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