体積を測れ

「じゃあ、この金貨はどこから手に入れた?」

「そんなのいちいち覚えてるわけ無いじゃないですか!」


 とすると、あの商会の人たちから詰められている一人の男、彼が偽金貨を使おうとしたのだろう。


 モーリスと同い年ぐらいの男。取り立てて特徴のない、どこにでもいるような男だ。


「あの人は、何を買おうと?」

「食用のリコピナスだよ。うちとは初めての取引だが、正直怪しいところは見えなかった。ただ、偽金貨を使ったとなると……」


 確か、偽の貨幣は使っただけで罪になるんじゃなかったっけ。

 逆にもし気づかずペリランド商会の手に渡っていたら……その時は、モーリスが罪に問われていたはずなのだ。


 ここで気づけて良かった……と思うべきなのだろうか。

 


「……とりあえず、偽のお金は使用した時点で罪だ。その男をどこか部屋に連れて行け」


 そこへ入ってきたシャルには聞き覚えのある声。


「……男爵様!」

「モーリスさん、あなた方も来てください。この場は我々モートン男爵家が責任を持って預かります」


 ジャンポールが、貴族の強権でその場を静まり返らせた。



「……シャル、平気か? どさくさで殴られたりしてないか?」

「ユリウス様!」


 そのジャンポールの後ろから出てきたユリウス。

「大変なことになってたみたいだから、俺がお父様を呼んだんだ。……ああ、でも大丈夫みたいだな」

「いいえ、ユリウス様ありがとうございます」


 このままだったら、多分混乱は収まらなかっただろう。

 あの男が言ってたように、一枚の金貨がいつどこから自分の手元に来たかなんて普通覚えてない。

 真実はこれから調べないといけないが、中立の立場で統制を取れる人間は必要だ。

 その役目に、男爵様ほどふさわしい人物はいない。


「そうか。……心配したぜ」

 ユリウスがそう言って、赤くした顔をぷいと背ける理由が、シャルにはわからなかった。



 ***



「……では、あなたは全く身に覚えがなく、ただ手元にある金貨を使ったら、それが銀貨や銅貨の表面に金を貼り付けただけの偽金貨であった、と……」


 ペリランド商会内の応接室。

 ソファに座るジャンポールが、厳しい視線で偽金貨を使おうとした男を睨みつける。


「はい。誓って私、嘘はついておりません」

 この男は、王国南部を拠点にしている行商人だという。

 取り扱う品目の拡大を目指して、未踏の地だったセーヨンに来た。小さな商店と交流しながら情報収集を行い、ペリランド商会の売出し商品になった食用リコピナスの話を聞き、商機ありと見て取引しようとしたのだが……


「なるほど。ひとまず、偽造された貨幣は使用するだけで罪になる。牢には入ってもらうぞ」

「……わかりました、男爵様」


 最初は抵抗していた男も、ジャンポールに直接言われては従うしかなかった。

 がくっと首をうなだれてはいるが、反論する意思はありそうにない。


「……それはそれとして、この偽金貨の出どころは突き止めなければならん。どこで作られたのか、最初からこうなっていたのか、既存の銀貨や銅貨に細工したのか……」



 ……フランベネイル王国において、金銀銅貨の製造は各領地の役人、すなわち貴族に任されている。

 王国成立以前から、各貴族は自分の勢力圏で、金山が近くにある者は金貨を、銀山が近くにある者は銀貨を製造し、通貨として流通させていた。すでに各領地で製造設備や技術が整っているのならと、王家は王国通貨を作るのもそのままやらせたのだ。



「……とりあえず、直近であなたが取引した商店をここに書き出してくれ。どこから偽金貨があなたの元にやってきたのか、地道に調べるしかない」


 ジャンポールは羊皮紙を男の前に置く。

 男は素直にペンを取り、店名を書き始めた。


「それから……すでに出回っている偽金貨は、できる限り回収しなければいけないが……」


 そう言って、ジャンポールはテーブルの上に置かれた偽金貨を拾い上げる。


「……モーリスさん、『金貨が偽物かもしれないから調べさせろ』と言って金貨に傷を付けてしまったら、やはりその金貨を取引に使うのはためらいますか……?」

「……失礼ながら、そうなると思われます。特に貴族の方々相手には、我々としてもできるだけきれいな金貨をお出しするようにしております」

「ですよね、となると重さを測って本物の金貨かを判別するしかない、と」


 偽金貨は当然、銀貨や銅貨と同程度の重さしかない。よって、本物の金貨の重さと比較すれば容易にわかる。



 ……本来なら、そうあるべきなのだが。


「モーリスさん。この重さであれば間違いなく金貨だ、と絶対に言えるラインはありますか?」

「……絶対、と言われますと……」


 ジャンポールの問いに、モーリスは答えられない。

 そんなライン、言い切ることはできないからだ。



 王国成立時に、王家は金銀銅貨の重さを指定した。そうしないと通貨の持つ価値がめちゃくちゃになってしまうから。

 でも、それは百年以上経った今でも上手くいっていない。

 なぜなら、重さの単位が地方ごとに、街ごとに、領地ごとに違うから。王家の指示通りの値が上手く伝わらないまま、各領主が金銀銅貨を作り始めたのだ。

 

 だから厳密には、セーヨンで作られた金銀銅貨と、別の街で作られた金銀銅貨は重さが違うので、価値が変わる。

 でもいちいち買い物の度に天秤を持ち出して重さを測って、とやってたら面倒なことこの上ない。


 結局、重さが違っても、各領主が責任を持って製造した貨幣であるならば同じ価値で扱う……それが、今の王国通貨の暗黙の了解になっているのだ。



 ……偽金貨を作った犯人は、それを踏まえてこの犯行に及んだのだろう。

 重さでは判別不能だから。傷がつくか、摩擦で自然に金が剥がれでもしない限り偽物だと気づかれない。


「男爵様。このようなことをする不届き者が二度と出ないためにも、ベース法の成立は不可欠、ですね……」

「シャルさん……そうですね。重さに誤差が出るのは許容されていますが、金に混ぜ物をして金貨を作るのは禁止されています。銀貨や銅貨に金を貼って金貨にするなどもってのほかだ」


 シャルの言葉にジャンポールが同意する。

 単位の違いを悪用する人間は、シャルの想像通りやはりいたのだ。


「……ところで男爵様。金に混ぜ物をした時点で、すでに罪に問われると今おっしゃられましたが……?」

「はい。厳密にはそうです」


 ……なら。


「でしたら、硬貨の体積を測れば良いのではないでしょうか? 同じ重さの純粋な金と、金より軽い銀や銅を混ぜた金なら、混ぜ物のある方がより大きな体積になるはずです」

「……シャル、それは自分も考えたが、硬貨の体積はどうやって測るのだ? ただの円板ならともかく、彫り細工が入っている以上……」


 モーリスの疑問が入る。でも、それはシャルも織り込み済み。

 金銀銅貨は、指で触ってわかる程度には表面の凹凸がはっきりしている。複雑な紋章が緻密な技術で刻み込まれており、側面には転がり防止なのかギザギザも入っている。これらの細工による体積の誤差を無視するには、ちょっと硬貨は小さい。(すごく意匠を凝らした100円玉……といったところだ)



 だけど。ここは、地球の先人の知恵と発見に感謝だ。



「要は、重さが同じ二つの物体の体積を比べれば良いのですよね?」



「……シャル、なにか思いついたのか?」


 ユリウスに向かって、シャルは楽しそうに微笑んでいった。


「はい。……お父様、男爵様、『偽金貨と同じ重さの純粋な金』と『水の溜まった大きな水槽』を用意できますか?」


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