のんびり馬車も悪くない


「シャル、聞いたぞ。またテストで満点を取ったそうじゃないか」

「え……はい。ありがとうございます」


 数日後、シャルとモーリスは、デールへ向かう馬車の中にいた。

 シャルがまとめた一覧を元に用意した商品、お金とともに。

 

 ――シャルに計算の才があることに気づいたモーリスは、書類のまとめだけでなく、こうして他の街へ商談や取引に行く際にもシャルを同行させるようになった。

 

 商人にとって、お客から具体的な数字を出された際にすぐ計算して答えることができれば、自身の利益を守ることに加え、より効果的な提案をすぐにできる。

 だから、モーリスにとってシャルを連れて行くことには、防犯上の心配というデメリットを超えた大きなメリットがあるのだ。


(――娘に計算をお願いしちゃう商人なんて、そうそういないわよね)

 

 別にモーリスだって計算が苦手というわけではない。

 

 ただ、シャルがすごいところは、単なる加減乗除だけでなく、条件を満たす数量の計算――野乃の知識で言えば、方程式や不等式の計算――さえもサラッと暗算でこなしてしまうことだ。

 何度『その計算方法はどこで知ったんだ』とモーリスに聞かれたか、シャルもわからない。


 そのシャルはモーリスにも転生については隠している。

「学校の先生が貸してくれた本に載っていたの」

 そう答えていたら、モーリスもいつしか聞かなくなった。

 ちなみに、そもそもこの世界に方程式や不等式という言葉があるかどうかは、シャルも知らない。


「先生も言っていたぞ。『シャルさんには間違いなく才能があります。何か学問を集中的に勉強すれば、その道の第一人者になれるでしょう』と。そんな娘を持てて、私も鼻が高いというものだよ」


 ……やっぱり目立ちすぎたかしら。

 褒められるのは嬉しいが、前世で身につけたスキルで活躍するというのは、どこかズルをしているようでむず痒さもある。


 でも、前世の記憶を持っていても、そもそも自分がこのお父様の娘であるという事実は変わらない。

 商会がさらに発展していくために、できることは全部やっていく……だからこうして、今もモーリスの頼みに応じて同行しているのだ。


「ありがとうございます。ただ、わたしはあくまで、商会のためにできることをやっていこうと思っています」


 そう答えて、シャルは外を見る。

 見渡す限り続く平原。

 

 ――それに、モーリスに同行することには、セーヨンの外を知ることができるという大きな楽しみがある。

 野乃の記憶を取り戻してから、外への興味はより一層強くなった。

 日本ではまずゲームやアニメでしか見られない、ヨーロッパ風の都市。自然豊かな光景。


 ……毎日が海外旅行気分だ。

 主な交通手段は馬車しかなく、隣の街へも一日がかりというのんびりした有様だが、それはそれで悪くない。


「あ、お父様、紅葉がきれいですね」

「おお本当だ。あれはマーレの木だな」


 こちらの世界にも、紅葉はある。

 冬になれば雪が積もるし、夏は緑であふれる。


 四季を楽しめることに感謝しながら、シャルはデールへ向かうのだった。


 ――このあとデールで起きてしまうことを、まだ知らずに。

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