計算まみれの異世界で
机の上に、モーリスから受け取った書類。
一覧を書き込むための羊皮紙。
計算用のメモの羊皮紙。
そして、あらかじめまとめておいたセーヨンの単位とデールの単位の換算表。
それらを並べて、シャルは作業に取り掛かる。
「えっと、塩漬け肉が20ゴーロンだから……」
注文書はデールで書かれたものだから、当然デールの単位で書かれている。
同じ品物があれば足し合わせて、それからセーヨンの単位に直す。それを元に代金を決定する。
もちろん、各取引先ごとに請求しなければいけない代金も計算する。
計算ミスが無いか、時々検算をしながら進めていくが、それでも気を抜くと間違えた値を書きそうだ。
「……ふう」
羊皮紙が一枚埋まり、シャルは顔を真上に上げて、軽く伸びをする。
――もし単位が統一されてたら、計算量もぐっと下がったんだろうな。
シャルはふと、そんなことを思う。
例えば、塩漬け肉みたいに箱で扱うものの単位が全部kgだったら。織物の数量欄に書かれている単位が全部㎡だったら。金額の単位がみんな円だったら、どんなに楽だったろう。
いや、日本と全く同じで無くても、せめてどこでも同じ単位が使われていたら。
1ゴーロンが59ロンスだったり、72ロンスだったり、65ロンスだったり。セーヨンの1ロンスとデールの1ロンスも、微妙に量が違う。
そんな違いが無ければ、単位を直すたびに掛け算や割り算をする手間が無くなる。重さだけじゃなく、長さでも面積でも、金額でも。
……半年前のレイのようなことで怒られる子は、もういなくなるのだ。
「農家だと、結構小さな子供も手伝いでいろんなことやってるのよね……」
あの後聞いた話だと、レイのように単位の換算ミスが原因の取引トラブルは、この世界ではそんなに珍しくはないという。
――まあ、重さにしろ長さにしろ、名前だけでも10種類以上、同じ名前であったとしても街ごとに換算式が変わる……それで混乱しない方が無理だ。
だからどの商会も、計算は時間をかけて丁寧に行う。
ペリランド商会でも、シャルがこうして任されるようになるまでは、モーリスが信頼する熟練の部下が半日かけて代金の計算や書類作成をしていた。
「シャルさん、本当にありがとうございます。シャルさんにお願いするようになってから、会計にかかる時間や人員を大幅に削れました。その分、役所や貴族との交渉に労力を割けるようになってます。お父様も喜んでますよ」
商会の人から、シャルも何度そう言って頭を下げられたかわからない。
計算にかける時間を減らせれば、それだけ他のことに時間を回せるのだ。
それはひいては、商会がさらに大きく発展できるということである。どんどん新規顧客を増やしていけば、いずれはモーリスが目標としている王都への本格進出もいけるだろう。
そしてそれは、きっと国全体でもそうだ。
シャルのいるフランベネイル王国は、西側は海、残り三方を他の国に囲まれている。
別に戦争とかしてるわけではないが、国力も特段豊かというわけではない。
国が発展していくことに、悪いことは全く無い。
「……とはいえ、単位の統一なんて、できるのかしら、そんなこと……」
そこまで考えたところで、シャルは現実に戻る。
単位を統一するということは、使う単位が変わるということだ。
「今日から、メートル・グラムじゃなくて、ヤード・ポンドを使ってもらいます。……無理よねえ……」
シャルは自分が言ってみた言葉に否定を被せる。
それこそ混乱必至、というものである。
「……はあ。単純な掛け算割り算で、まだ良かったと思うべきなのかしら」
シャルは、作業の続きに戻ることにした。
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