第3話 聖女様との日常
魔王リリスの『オールビール学園に通いたい』という無茶振りを通してから数ヶ月経過していた。リリスは正体を隠して単なる猫族の可愛い一人の女の子として学園に通っている。
真新しいオールビール学園の制服を着込んだリリスは教室の中心で複数人のクラスメイトに囲まれておしゃべりに興じていた。すっかりクラスに溶け込んでいる。
「だから、私、言ってやったの。『私に気安く触らないでくれるかしら』てね」
「さすがリリスちゃん!」
「リリスちゃんかっこいいー」
俺が教室に入ってきたことに気がついたのだろう。
リリスのアーモンド色の瞳がチラッと俺を流し見した。
ニヤッと口元を歪めた気がした。
また何か企んでいるのか……?
「エニシダ!」
「……勇者」
「だから、その呼び方やめてくれって!」
「わかった……ハルト。リリスのやつ大人しくしていたよな?」
「ああ、ボクが登校した時にはすでにあんな感じだったよ」
「相変わらずの光景ということか」
「まあ、そうなるね」
勇者ハルトは人懐こい笑みを浮かべた。
本来であれば、勇者たちは人族と魔族との和平を結んだ立役者として各地を凱旋する予定だった。しかし魔王リリスの厄介な条件――俺と聖女にかけられた呪いの解除と交換にリリス自身の身の安全の保証し、学園生活を送れるように監視することになった。
そのおかげで……俺の身分を勇者たちに明かすことになってしまった。
秘密結社——暗部の一員として陰から勇者パーティを補助していたことも彼ら勇者パーティに知られてしまった。
でも伝えていないこともある。
それは現在進行形で俺と聖女が呪われていることだ。
いや正確には、聖女様が毎日俺の魔力を吸う必要があることだ。
特定の人間――それも異性の魔力を吸収しないといけない体質に変えられてしまった上に、魔力が枯渇し始めるとラビット族に変化するなんて口が裂けてでも言えない。
なんせ聖女様が信仰しているワーフル教は厳格だからだ。
例え魔族との和平を結んだとしても、急にこれまでの信仰が変わるわけもない。
だからこそ……人間を最も高尚な種族として崇めているワーフル教の教えから逸脱してしまった聖女様の現在の姿を世間に晒すわけにはいかない。
……というのが、オールビール王国上層部と教会の下した結論だった。
それに清楚で可憐な聖女様。
教会のシンボルとも言うべき高貴な存在がラビット族となった姿――ウサ耳を生やして、男の俺に引っ付いて魔力を吸収している……いや、欲望に負けているだなんておいそれと言えるわけがなかった。
だから勇者には単に俺と聖女が魔王に目をつけられているとだけ伝わっていた。
それに勇者にだけには俺と聖女の今の関係性を言えないしな。
だって――
「ところで今日はミュウと一緒に登校しなかったんだね?」
「だから昨日は偶然道で会ったから一緒に登校しただけだって言ったろ?お前が心配するような関係じゃないから安心しろ」
「ボ、ボクは、ぜ、全然エニシダとミュウの関係性なんて気にしてないからっ」
「……」
勇者……面倒臭いやつだ。
どうやらこいつは聖女ミュウに懸想しているらしい。
あの天然おっとり聖女様のどこが良いのかさっぱりわからない。
てか聖女様と俺の関係よりももっと気にすることがあるだろう。
例えば俺がなぜお前たちをコソコソと裏から補助していたのかだとか、なぜ勇者パーティは敗北したのに魔族と和平を結べたのかだとか、色々と聞くべきことがあるだろうに……どうやら脳内ピンク色の勇者様は全く気にしていないらしい。
まあ嘘を嘘で塗り固める必要がない分楽だからいいのだが。
それに他の勇者パーティにはおいそれと嘘をついても通用しないだろう。
特にすでに俺と聖女の関係性に勘づいている節のある魔法使いラミ。
あの長く赤い髪の女は俺のことをなぜか目の敵にしているしな。
などと考えていると、噂の聖女様が登校してきたようだ。
教室内がいっそう騒がしくなった。
「みなさま、おはようございます」
聖女ミュウはぺこりとお辞儀をしてから自分の席へと向かった。
桃色の長い髪がふわりと舞って、ゆらゆらと揺れた。
その揺れに呼応するように、次々に生徒たちが集まり始めた。
あっという間に周りを囲まれてしまったようだ。
「ミュウ様、おはようございますっ」
「聖女様、おはようございます」
「ああ、なんと美しいっ!」
相変わらず聖女様の人気は健在だ。
だからこそ……いや、それゆえに絶対に俺と聖女の関係性がバレるわけにはいかない。
てか、勇者のやついつの間にか聖女様のところに行っているし。
一瞬、生徒たちの隙間からおっとりとした桃色の瞳と視線が交わった気がしたが気のせいだろう。
俺は一限目の支度を始めた。
●●★●●
聖女様は少し申し訳なさそうに俯いた。そんな聖女様の内心と呼応するように、頭部に生えたウサ耳もまたしょんぼりとしているようだ。
「急に呼び出してごめんなさい……ぴょん」
「いや、魔力が切れたら仕方ないだろ?」
現在、俺と聖女様は魔術塔の備品室にいた。
すでにお昼休みは終わり午後の講義が始まっている。
どこかの実験室から微かに錬金術の講義の声が漏れ聞こえてくる。
それにしても最近やたらと俺の供給した魔力が枯渇するのが早くなかろうか。
確かリリス曰く『一度魔力を供給したら、数日は元の姿を保つ』と言っていた。
魔力は、昨日補給したばかりのはずだが……
もしかしてリリスのやつ俺に嘘をついたのか?
「その……あなたのアレが欲しいです、ぴょん」
「紛らわしい言い方をするな」
この聖女様、時々俺のことを誘っているのではないかと思う。
まあ、そんなことは天地がひっくり返ったって決してないのだが……それにしたってこの聖女様は天然にも程があるだろう。
そもそも孤児院育ちで裏稼業をしている俺と表の舞台で現教皇の一人娘として蝶よ花よと育てられきたような華々しい聖女様が釣り合うわけもない。
「ほら、とっとと魔力を補給してくれ」
「うん……」
小さく返事をしてから、ミュウはぎゅっと背中に手を回してきた。
しっとりとする体温が薄いローブから伝わってくる。
ミュウの「……ん」という甘い吐息が微かにこぼれ落ちた。
数秒ほど魔力が身体から抜けていく感覚が続いた。
「……あ、ありがとうございます。もう十分ですっ」
「ああ、そうか」
「は、はい」
どこか頬を朱色に染めたミュウは少しはだけたローブをただした。
そしてわざとらしい「コホン」という咳払いをしてから顔を上げた。
なんかものすごく嫌な予感がする。
「……なんだよ」
「今日、何時に帰ってきますか?」
「暗部の仕事があるから夜遅くなると思うけど……それがどうかしたのか?」
「今日もあの子と会うんですか?」
「リリスのことか?」
「そうですっ」
「……」
なんか聖女様からの圧を感じるのだが……まさか嫉妬でもしているのか?
いやありえないだろ。
……ああそうか。きっと今回みたいに急に呪いの効果が現れてしまった場合のことを心配しているのだろう。
「安心しろ。すぐに帰るから」
「……絶対に勘違いしているもん」
「……?」
「なんでもありませんっ!」
聖女様は小さな声でぶつぶつと口ごもったと思ったら、急に怒りの声を上げた。
ほんとこの聖女様が何を考えているのかよくわからん。
その後俺たちは時間をずらして、魔術塔の備品室から出た。
俺は講義をサボって、師匠の元へと向かった。
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