2 『炎の壁』
ギャンググループの家屋に侵入したロメオは、一気に三階へと駆け上がった。ドアを蹴破り、ギャングたちを発見する。レオーネの言った通り、人数は四人、変わった植物がたくさんあった。
紳士的な雰囲気を一切崩さず、落ち着き払った調子で声をかける。
「珍しい植物の密輸はよろしくありませんね。おとなしく投降していただけますか?」
「あーん? なんだてめえ!」
ギャンググループの一人が喚き、仲間が手近に置いていた銃を手に取る。
もう一人も不快そうに舌打ちした。
「勝手に入ってきといて、ンだよその態度はよ? 密輸? 知らねえって。もし証拠があるってんならマノーラ騎士団が逮捕しに来てるっての。妄想じみた因縁つけてきてんじゃねえぞ? てめえ何様のつもりだよ」
この隙に、ロメオは髪を押さえていたゴーグルを下ろして目にかけた。手袋をきゅっとはめ直して、自己紹介する。
「我々は『
「は? アストラ?」
「なんだそりゃあ」
「どこかの飯屋の名前じゃね?」
「いや、こいつの
「ひひっ。この街に来たばかりで悪いけど、てめえの工場と契約する気なんかねえって工場長に言っとけ」
「ついでに、てめえが壊したそのドアの修理も頼むわ。費用はてめえの工場持ちで」
「ぎゃははは」
ジョークを飛ばしてどっと笑いが起こるギャングたちを、ロメオは涼やかに眺める。
そんなロメオに、もっとも体格のよいギャングが言った。
「黙ってねえで、なんか言ったらどうなんだ」
「……」
「ンだよ。やろうってのか?」
ロメオは睨めつけられても動じることなく、やがて小さく嘆息した。
「『
「ああ。知らねえよ」
リーダーらしきギャングがそう言って銃を撃つ。
ロメオは、銃弾が放たれることもその軌道も読めていた。紙一重にさらりと避け、続いて襲いかかってくる大柄のギャングの拳を払って腹に一発拳を見舞う。
「やっぱり拳で語るのが一番だずぇ……ごはっ!」
どさっと倒れる大柄のギャング。
残る二人のギャングも銃を撃とうとするが、ロメオは即座に相手との間合いを詰めた。
銃を持つ手に手刀を落とされ、一人は銃をポロリと手からこぼした。もう一人の銃は正確無比な蹴りで弾き飛ぶ。
続いて。
掌底で一人の顎を打ち、裏拳をもう一人の顔面にヒットさせた。
瞬く間に三人をノックアウトさせて、ロメオは最後の一人に言った。
「ルーン地方では珍しい、
ギャングのリーダーは、仲間が一方的にやられてしまったことに恐怖しかけていたが、急に口元をニヤリとゆがませた。手のひらをロメオに向ける。
「《バーニング・ウォール》」
唱えられると、手のひらの先――つまり、ロメオとギャングのリーダーの間に、炎の壁が現れた。
炎は燃え盛り、火の粉が散る。
「クハハハ! おれの魔法は炎の壁をつくる《バーニング・ウォール》! この壁を超えることなどできねえ!」
リーダーが炎の壁から手を離すと、壁はその場に留まった。
一時しのぎにしかならないが、これさえあれば、絶対に身の安全は保証できる。そんな安心から、ギャングのリーダーは椅子に背をもたせかけた。
「驚かせやがって。ちょっとは腕が立つみたいだな。だが悪いことは言わねえ。大人しく帰ることだな。そうすりゃあ、身体が焼けることはない。どうしても引かねえのなら、この炎の壁をカーテンに、銃弾を撃ち込むぜ」
「ワタシはゴーグルをかけているとき、あらゆる魔法をすり抜けることができるんです。これを《
カツカツと音を立てて歩く。足音の通り、ロメオは歩いてきていた。炎の壁を通り過ぎ、火傷した様子もなく、ギャングのリーダーの前に顔を出した。
「うおお!」
とリーダーの男は椅子ごと後ろにひっくり返った。慌てて立ち上がって後ずさりしながら、
「ななな、なんだと!? 嘘だろ……」
「ついでに言えば、ワタシは手で触れたモノの魔法効果を消し去る魔法も持ちます。ゆえに、この炎の壁も壊すことができるんです。この《
バッと、後ろに手を払うように伸ばして、炎の壁に拳をやった。拳の側面で壁を殴るような格好である。すると、炎の壁は、それこそ燃え尽きるように消えてしまった。
「ま、待て。この植物はすべてそちらに引き渡す。だから、見逃してくれ」
「我々『
おぼつかない手で、窓をガタガタと開ける。
「く、来るな!」
三階の窓から地面まで、この家だと十メートル以上ある。
かなりの高さだが、目の前にいる得体の知れない男から逃れるために、決死の覚悟でギャングのリーダーは飛び降りた。
大ジャンプである。
「おわああああああ!」
手をぐるぐると回しながら地面に落ちてゆく。
レオーネはチラと空を見上げ、
「グラッチェ。ロメオ」
とつぶやき、指に挟んでいたカードを地面に投げた。
投擲地点一帯がゆがんだ。
そこに吸い込まれるように、飛び降りたギャングは落下した。
「ほわあぁああああ!」
うまく着地する態勢も取れず、身体全部で地面と接触する。最初に接地したのは顔、ほぼ同時に手も。そして身体全体も地面へ。叫び声もピタリとやむ。
だが、鈍い音はしなかった。
泥の中に飛び込むような、例えるなら沼に突っ込んだような、ベチャッという音を響かせた。
「《マッドグランド》。あなたが落下した一帯は、泥状になっている。命に別状はない。て、もう気絶してるか」
レオーネのつぶやきが風に乗って消えた。
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