24話 千智の過去
「大丈夫、大丈夫……」
実家に着くなり、奏は胸に手を当てて自分に言い聞かせ始める。
その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「ちょ、笑わないでよっ」
「ごめんごめん」
「全くもう、こっちは真面目なのに」
さっきの絶景で悩みが小さくなったとはいえ、完全に消え去ったわけではない。
しかし幾分か声のトーンが高くなっている辺り、彼女はしっかり前を向けているのだろう。
「最悪、何かあっても俺がなんとかしてやるから、気楽にいこう」
「……うん、ありがとう」
「それじゃあ、入るぞ」
奏が微笑み返してくれたことを確認し、鍵を開けてドアを開く。
一気に懐かしい匂いが鼻腔を満たしていった。
「ただいまー」
声を上げるとリビングの方からドタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。
何事かと思えば、妹の
目が合うと、始めは歪んでいた眉が徐々にピーンと伸びていく。
そうして次の瞬間。
「お母さーん!? あのおにいが本当にカノジョさん連れてきたぁー!?」
そう言ってリビングに飛び帰っていってしまった。
遠くから「えぇー!?」という声も聞こえてくる。
……やっぱりな。
予想していた家族の反応に、俺は苦笑しながら奏に視線を移した。
「な? 言っただろ?」
「本当だね」
その場で笑い合った後、俺は奏に廊下に上がるよう促すのだった。
◆
「いやーまさか千智が本当に彼女を連れてくるなんて。前もって知らされてはいたけど、簡単には信じられなくてねぇ」
「おい」
座布団に座りながら失礼なことを口にする母さん。
これを実の子供に言うのだから、侮れない人だ。
「奏ちゃん、コーヒー淹れたんだけど飲める?」
「は、はい、飲めます。ありがとうございます」
母さんからコーヒーの入ったカップを受け取る手が緊張で震えている。
その様子を見た母さんは柔らかく微笑んだ。
「緊張しなくたっていいのよ? 寛いでもらって全然構わないから。むしろその方が私も嬉しいし」
「あ、ありがとうございます」
緊張していたことが母さんにバレたことを知って、奏はバツが悪そうに俯いた。
本当ならここで奏の緊張が和らぐように手を握ったりしてあげたい。
しかし目の前には母さんが、後ろでは椅子に座っている愛来が俺たちを見ているのでどうしても躊躇ってしまう。
そんな自分を誤魔化すように母さんの淹れたコーヒーを啜ると、母さんもコーヒーを飲んで一息ついてから俺に向かって喋り始めた。
「母さん心配だったのよ? 千智がちゃんと良い人を見つけられるのかなって」
「余計なお世話だよ」
「そうは言っても、あんた彼女をつくりたがらなかったじゃない」
「ちょっと、母さん」
俺はその話をやめるように母さんに視線を送るが、運悪く奏が「えっ、そうなんですか?」と喰い付いてしまった。
「あれ、千智。奏ちゃんに話してなかったの? 千智の彼女になった人だから、母さんてっきり話したものだと思ってた」
母さんの発言に、俺は無言を返す。
その話はあまり奏の前ではしてほしくなかったんだが。
そんな思いも虚しく、母さんが今度は奏に向けて俺の過去を話し始めた。
「千智にはね、小さい頃に仲の良かった双子のお友達がいたの。どっちも女の子だったんだけどね。特にお姉ちゃんの方と千智がすごく仲が良くて、時間があれば日が暮れるまで二人で遊んでたわ。でも千智たちが中学に上がる前、お姉ちゃんが事故で亡くなっちゃったの」
「えっ……」
目を見開く奏に、頷く母さん。
一方、過去を思い出していた俺の心は徐々に暗くなっていった。
「それまでいろんな人と深く人間関係を築いてた千智は、他人に心を閉ざすようになった。たぶんその延長線で彼女もつくりたがらなかったのね」
「そうだったんですか……」
「だから将来、千智に彼女ができるか不安だったの。奏ちゃん、千智の傍にいてくれてありがとうね」
奏が心配そうに俺を見つめているのが視界に入ったが、俺は奏と目を合わせることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます