23話 奏の些細な悩み
初詣を終えた翌日の夕方。
俺は実家に帰省するため、奏を助手席に乗せて車を走らせていた。
本当は家の中で一日中ゴロゴロしていたかったのだが、親に帰ってこいと言われたら子供として帰らないわけにはいかない。
前に家族と会ってから実に一年の月日が経っているので、俺が元気にやっているのか心配なのだろう。
だから俺はそれを「奏を連れて行くこと」で証明しようとしていた。
一度も彼女をつくったことのなかった俺であったから、これで証明なるはずだ。
……まぁ、きっと「あの千智に彼女が!?」とか言われて失礼な驚き方をされるのだろうが。
そんな俺の彼女である奏は、俺の実家に行くことに緊張していた。
不安そうに眉尻を下げる彼女に、俺は苦笑を浮かべる。
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
震える声は、大丈夫でないことを如実に表していた。
「そんなに気負わなくても大丈夫だぞ? きっと俺の方が酷い扱いされるだろうし、奏は丁重にもてなされるだろうから」
「それはそれで申し訳ない……」
奏はすっかりネガティブになってしまっていた。
このまま家族と合わせたら、最悪体調を崩してしまうかもしれない。
それがトラウマになれば、奏は俺の家族と会うことを拒むようになってしまうだろう。
だから、どうにかして彼女の気持ちを前向きにしなくてはならないのだが、一体どうすれば彼女は元気になってくれるだろうか。
ハンドルを切って交差点を左折しながら考えていると、ふとカーナビのラジオから音楽が流れ出した。
「あっ、これ最近流行ってる曲だよな。なんかのドラマの主題歌だったかな?」
「そうなの?」
「あぁ。聴いたことないか?」
「私、あんまり音楽とかは聴かないから」
「出先で暇になったりとかしたら聴いたりしないのか? イヤホンとかでさ」
「私、イヤホン持ってない」
「へっ、そうなの?」
驚きすぎて思わず声が裏返ってしまう。
「無いといろいろと不便じゃないか?」
「特には。普段から音楽を聴いてるわけでもないし、スマホを使うのは大体千智とやり取りする時だけだし」
「買わないのか?」
「なんか、千智のお金で買うのは申し訳なくて。ただでさえ食費とか住む場所とかも千智が出してくれて申し訳ないのに」
「そんなこと考えてたのか?」
聞き返せば、奏は申し訳なさそうにコクリと頷く。
奏は俺のことを気にして普段からいろいろと遠慮してくれていた。
だが、ここまで気にしているとは俺も知らなかった。
「気にしなくていいんだぞ? 言い方が悪いかもしれないけど、俺だって『奏を養うためだ』って思えるから仕事を頑張れるんだから」
いや、割と真面目にそうだと思う。
もし奏と一緒に暮らしていなかったら、今の仕事は辛くてやめていただろう。
それでも頑張れるのは、確実に奏が近くで支えてくれているからだ。
「でも……」
でも、ネガティブモードの奏には俺の言葉が届かない。
いつもだったら「ありがとう」と言って笑顔を浮かべてくれるはずだから、相当心が弱っているのだろう。
音楽の話題で何とか奏を元気づけようとしたが、結局奏の気を落とすことになってしまった。
一体どうすれば……。
……現在時刻は午後の四時。
実家に着くまで残り一時間といったところか。
少しくらい着くのが遅くなっても、親は何も文句を言わないだろう。
ここからどんどん暗くなってくるだろうし、決断するなら今しかない。
「なぁ、奏」
「何?」
「ちょっと寄り道してもいいか?」
「寄り道?」
「あぁ」
「別にいいけど、どこに行くの?」
「それは行ってからのお楽しみ」
これで奏が少しでも元気になればと思い、俺はハンドルを切って高速道路を下りるのだった。
◆
「——着いたぞ」
俺が車を止めた場所は、何の変哲もない普通の道路脇。
しかしそこは俺たちが住んでいる都会とは全く違い、周囲には建物という建物が見当たらなかった。
「ここ……」
奏の瞳には、光が戻りつつある。
どうやら寄り道をして正解だったようだ。
「ねぇ、外に出てみてもいい?」
「いいよ」
いそいそと外へ飛び出していく奏を追うようにして、俺も車から出る。
そこには、橙色の世界が広がっていた。
「わぁ、綺麗……」
俺たちが来たのは、都会の喧騒から離れた畑道。
畑には雪が積もっており、足跡一つない綺麗な白色が夕焼けに染まっていた。
空気も澄んでて美味しく、吸えばまるで体が浄化されていくかのように染み渡っていく。
奏もその冷たい空気を大きく吸って、白い吐息を吐き出した。
「美味しい」
「どうだ、綺麗だろ」
「どうしてここに連れてきてくれたの?」
「リフレッシュになるかと思ってな。奏、相当思い詰めてた様子だったから」
俺の言葉を聞いた奏は、眉尻を下げて苦笑を浮かべる。
「昔、中学校に通うときはいつもこの道を通ってたんだ。当時は歩く距離も長いし何もないしでつまんない道だったんだけど、久々に来てみたらこういう道もいいもんだな」
「そうだね。なんか、心が洗われる気がする」
そう言って、再度深呼吸する奏。
彼女の表情は憑き物が取れたように穏やかで、どこか吹っ切れた様子だった。
「綺麗な景色を見て悩み事が小さく思えるって、聞いたことはあったけどこんな気持ちなんだね」
「小さく思えたのか?」
「うん。今はもう、どうしてあんなに悩んでたんだろうってあの時の自分が理解できないくらい」
「ならよかった」
「千智の家族なんだから、良い人じゃないわけないもんね」
「それは……そうなのか?」
あまりよく理解できない。
それになんだかさり気なく褒められたような気がして、どこか居心地が悪かった。
「もう行こう。遅くなったら、それこそ申し訳ないよ」
「もう気分は大丈夫か?」
これを最後にしようと確認のために聞けば奏は「うんっ」と元気よく頷くのだった。
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