22話 初めての甘酒
——新年の到来を鐘の音とともにじっくりと噛み締めると、人の流れが神社に向かって流れ出したので、俺たちもそれに身を任せることにする。
日を
奏と離れ離れにならないように、俺は引き続き彼女の手をぎゅっと握った。
手水舎に行き身を清めた後、賽銭箱に五円を入れて手を合わせる。
ふと隣に目を向ければ、奏が目を閉じて何かを熱心に願っていた。
その横顔はとても幼く、集中して願っているせいか眉間に
「——何を願ったんだ?」
その様子に願い事が気になった俺は、参拝を終えて奏に尋ねてみることにした。
「わ、私?」
「あぁ。なんか願うっていうよりも、懇願してたように見えたから。そんなに何を願ってたのかなって」
「私は、別に……大したことじゃない。それよりも千智は何を願ったの?」
「俺は『奏とずっと一緒にいられますように』って」
「っ……もう、そういう恥ずかしくなるようなこと、あんまり言わないで」
「いや奏が聞いてきたんだろ」
簡単に顔を赤くする奏が可愛くて、頬を緩めながらツッコむ。
結局何を願ったのかは聞き出せなかったが、奏のことだし俺と同じようなことを願ってくれていたのだろう。
……俺の都合のいい妄想ではないはず。
せっかく初詣に来たのだからおみくじを引こうという話になり、次はおみくじを引きに行くことに。
時間が経つに連れ人も徐々に増えていき、俺は奏を先導しながら人の波を掻い潜って社務所を目指す。
やがて社務所にたどり着いたのはいいが、奏が興味を示したのはおみくじではなかった。
「千智、あれ飲んでみたい」
奏が指を差したのは、おみくじの隣で売っていた甘酒。
市販されているような缶のやつではなくその場で作られたもののようで、鍋からは白い湯気がモクモクと立っている。
更にその隣にはおしるこが売っていたが、奏が指を差したのは甘酒の方だった。
「飲んだことないのか?」
「うん。スーパーとかで売ってるのは見たことあるけど飲んだことはないから、飲んでみたいなって」
俺もあまり飲んだことはないが、甘酒は少々癖の強い飲み物だったような気がする。
いわゆる「大人の味」というやつだ。
奏が作る料理の味付けはどれも真っ直ぐで、市販でも癖の強い食べ物を好んで食べているところは見たことがない。
彼女は甘いものは好きだが、甘酒はまた少し違った甘さだろう。
大丈夫だろうかと心配な気持ちになりつつも、俺は甘酒を買って奏に手渡した。
「これが甘酒……」
人混みから少し離れた道の隅に場所を変えると、奏はまじまじと甘酒を見つめる。
鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅げば、きゅっと眉をひそめた。
「なんか、独特な匂いがするね……」
「甘酒ってのはそういうものだからな」
匂いを嗅いで飲むのが怖くなったのか、奏はもう一度甘酒をまじまじと見つめる。
悪戦苦闘している様子が微笑ましくて、俺の口角は終始上がりっぱなしだった。
「飲むのやめるか? 無理して飲まなくていいんだぞ」
「……いや、飲んでみる」
決心したように言葉を吐き出した奏は紙コップに口をつけ、甘酒を少しだけ流し込んだ。
瞬間、奏の眉間にぎゅっと皺が寄る。
「あんまり、美味しくない……」
「だから飲まなくていいって言ったのに」
酷い顔をしている奏に「ちょっと待ってろ」と一言告げると、俺は隣で売っていたおしるこを買ってきて奏に手渡した。
「ほら、これで口直しするか?」
「うん、ありがと……」
甘酒と入れ替わりでおしるこを受け取った奏は、甘酒を飲んだときとは比べ物にならない勢いでおしるこを口いっぱいに含む。
苦しそうな顔が一気に幸せそうな顔に変わっていくのを見て、吹き出さずにはいられなかった。
「美味しいか?」
奏がコクリと頷く。
何というか奏が純粋すぎて、見ているこっちまで幸せな気持ちになる。
やがておしるこを飲み下すと、俺の手の中にある甘酒を見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「甘酒、もう飲まなくてもいい?」
「いいよ。俺が飲むから」
「えっ、千智が飲むの?」
「だってこのまま捨てるわけにもいかないだろ?」
「いや、それはそうなんだけど……とりあえず、分かった」
奏の渋々の反応に思わず疑問符を浮かべるが、構わず口をつけようとする。
しかし奏が俺の飲もうとする様子をじっと見てきているのに気づいてしまったため、飲むのを躊躇ってしまった。
「あの、そんなに見られると飲みづらいんだけど……?」
「あっ、ご、ごめん」
そう言って視線を逸らす奏。
改めて甘酒を飲もうとすれば、やっぱり彼女は俺を見ている。
「な、なんかあった?」
「い、いや、別になんでもないよ?」
「そうか?」
もう一度甘酒を飲もうとすればやっぱり奏は俺を見てくるので、構わず口をつければその顔が赤く染まるのだった。
尚、目的だったおみくじは奏が大吉で俺が凶だったという……。
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