20話 体重と初詣

 今日は大晦日。


 だというのに、九時まで仕事とは一体この社会はどうなっているのだろうか、と社会人一年目が心の中で愚痴をこぼす。

 仕事量の多い仕事だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、どうしてもこの時だけは学生気分が抜けなかった。


 まぁでも、奏と一緒にいられればそれでいいかな。

 帰省期間は有給をとってあるので、奏や家族とゆっくりできる。

 正直、仕事は相変わらず辛いが、奏の存在がなんとか助けてくれていた。


「——年末はご馳走を食べられる機会が多くていいな」

「そのぶん太らない? というか、最近ちょっと体重増えたでしょ」

「うっ……」


 クリスマス、忘年会と続けてご馳走を食べているため、最近は腹回りの肉がちょっとついてきたように感じている。


 が、もはや関係ない。

 それもこれも全て年末に行事が立て込むから悪いのだ。

 外回りで少しかダイエットができるから「大丈夫だ、問題ない」と自分に言い聞かせ、奏が作ってくれたローストビーフをパクリ。


 うん、美味い。


「というか、なんで体重増えたって分かるんだよ」

「見れば分かる」

「えっ、見て分かるくらい太ってる?」

「他の人からどう見えるかは分かんないけど、

「少しの違いでも分かるってことか……」


 でも太ってるのは確実だ。

 ……今度会社で優斗あたりにでも太って見えていないか聞いてみよう。


「っ——!?」


 瞬間、勢いよく奏が箸をテーブルに置いた。


「ち、違うからね!? 『いつも千智を見てるから』っていうのはいつも千智のことを目で追ってるとかそういうことじゃなくて! ほら、私たち一緒に住んでるじゃない!? だからどうしても視界に入っちゃって、その時に『あっ、千智すこし太ったな』とか思ってるだけだから!?」

「あっ……えっ?」

「……えっ?」


 怒涛の捲し立てに脳がついていけず素っ頓狂な声を上げると、そんな俺の反応を見てか奏も同じく素っ頓狂な声を上げた。


「俺、別にそのことについては何とも思ってないけど」

「そ、そうなの……?」

「っていうか、いつも俺のことを目で追ってたの?」

「だから、違うって言ってるでしょ! そりゃ、確かにちょっとは目で追っちゃってるかもしれないけど(小声)、でも、いつも千智を目で追ってるわけじゃないから!」


 あぁ、今日も変わらず平和だなぁ。


「に、にやにやしないで!」

「ごめんごめん」


 最近、奏のツンデレを見ると和んでしまうようになった。

 やっぱり奏は素直になれないところが可愛らしい。

 素直でいられると、どうしても調子が狂ってしまう。


 これを本人の前で口に出すと確実に悪用されてしまうので、俺はそっと心に留めておくだけにした。


「そういえば、初詣はどうする?」


 奏の怒りを抑えるため、俺はさり気なく話題をそらす。


「初詣……そっか、お正月には初詣に行くんだもんね」

「別に強制ってわけじゃないけどな。奏は初詣に行ったことないのか?」

「うん、ない」

「じゃあ、せっかくだから行ってみるか」

「うんっ」


 元気よく頷いた奏の瞳はキラキラ輝いている。

 とりあえず、機嫌が直ったようでよかった。


 それよりも今は奏の初詣の話だ。

 普通は家族と一緒に行ったり、もし行けなかったとしても友達なんかと一緒に行ったりすることはあるだろう。

 だが、奏にはそれがない。

 何か理由があるのだろうか。


 俺は奏の昔の話を何も聞いたことがない。

 徐々に心を開いてくれているようだし、そろそろ聞き出せるだろうか。


 別に、知らなくてもいいことなのだが、少しでも奏に対しての理解を深めるために聞いておきたい。

 だが今聞くような話でもないし、もう少し距離が縮まってから聞いてみることにしよう。


「朝は出かける準備があると思うから出来れば夜のうちに行っておきたいんだけど、それでもいいか?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、食べ終わったら準備するか」

「そうだね」


 初詣の予定を決めると改めて目の前のご馳走に意識を向け、少しの罪悪感に駆られながらも腹一杯まで食べることにするのだった。

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