18話 奏の想い

 最初こそ緊張していた奏だったが、忘年会が始まり鈴花が通常運転に戻れば段々といつものクールな奏が戻ってくる。

 まだ言葉の節々に警戒心が見られるものの、スムーズに会話ができるようになっていた。


 ローテーブルを四人で囲み、優斗と鈴花が買ってきてくれた酒や食べ物にありつく。(奏には酒を飲ませていない)

 個人的には会社の同期と奏が同じ席で食事をするという絵面がとても新鮮だった。


 そうして食事が落ち着いてきたところで、鈴花が爆弾を投下する。


「ねぇ、奏ちゃん。ちょっと踏み込んだ質問してもいい?」

「なんですか?」

「奏ちゃんってさ、ぶっちゃけ千智のどこを好きになったの?」

「っ——!?」


 飲んでいたビールが気管に入りそうになりむせる。


「わっ、千智大丈夫?」

「大丈夫も、何も……お前のせいだろ……」


 やばい、咳が止まらない。


 そのむせり様に異常事態だと悟ったのか、隣にいた奏が心配そうな表情で背中をさすってくれた。

 この一瞬だけで、俺は奏と付き合えてよかったと思えた。


「ち、千智を好きになった理由、ですか?」

「そうそう。千智と付き合おうと思った決めては何なのかなぁって」


 それは普段奏と一緒にいる俺ですら聞いたことがない。

 というかツンデレな奏が今日初めてあった他人にそんなこと言えるのか?


 呼吸が落ち着いていくのを感じながら視線を奏に移せば、案の定彼女は言い淀んでいる。

 だが一瞬だけ目が合ったかと思うと、俯いていた顔が前を向いた。


「……実を言うと、付き合い始めたときは千智のことが好きじゃなかったんです」

「えぇ!?」

「も、もちろん今はちゃんと好きですよ?」


 いや嬉しいけど補足するところはそこじゃないと思うんだが。


「千智はそれを知ってたの?」

「付き合い始めた当時は知らなかった。俺もつい最近奏に知らされたばかりだから」

「そうなんだ。好きじゃなかったのに、どうして奏ちゃんは千智と付き合ったの?」

「私にもいろいろありまして……でも、全く好感度がなかったわけじゃないんです。大学ではいつも私のことを気にかけてくれましたし、そのとき一人だった私を昼食に誘ってくれたこともありました。だから、千智は唯一信頼できる人だったんです」

「へぇ~……」


 鈴花や優斗からの「お前、見直したぞ」と言わんばかりの視線は一旦無視しておこう。

 それよりも奏の話だ。


 この前に奏から聞いたときはいやいや俺と付き合ったのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 付き合う前から少しは俺に好印象を持っていてくれたようだ。


 俺が一年かけて頑張って話しかけていたから最終的に奏の中で一番信頼できる人になれて、告白してもらえた。

 そう思うと、改めて執念深く話しかけ続けていてよかったと思える。


 なんだか報われたような気がして、今更ながら胸の奥が熱くなった。


「付き合い始めてからも、千智の私に対する態度が変わることはありませんでした。あんまり素直になれない私ですけど、そんな私にも千智は嫌な顔一つせず、むしろ……『可愛い』と言って接してくれています。私に何か困ったことが起きた時には、心配そうな顔をして献身的に行動してくれました。普通ならとっくの間に愛想を尽かされた私を、変わらずにずっと好きでいてくれています。そういった千智の人間性に惹かれて、私も千智が……好きになったんだと、思います」


 あぁ、ようやく奏は俺のことを好きになってくれたんだ。


 元々彼女が俺のことを好いているというのは分かっていた。

 しかし改めて彼女からこうして聞かされると、なんとも言えない感情に目尻が熱くなる。


 そうしていつの間にか、雫が俺の頬を伝っていた。


「千智が泣いてる!?」

「あぁ、いや、ごめん。なんか、嬉しくて……」


 目を擦って涙を拭き取っても、次から次へと涙が溢れ出てくる。

 奏が再び俺の背中をさすってくれた。

 表情から申し訳ないという思いが伝わってくるが、そんな気持ちにならなくてもいいと心の中でつぶやく。


 俺が奏を好きでいて、奏が俺を好きでいてくれる。

 これ以上幸せなことはなかった。


「……なんか私も彼氏に会いたくなってきちゃったなぁ」

「なぁ。俺、なんか影薄くない? それと俺、彼女がいない寂しさを忘れたくて忘年会をしたかったんだけど」

「優斗は一旦黙ってて」

「どぼじでどぼじで……」


 優斗の言っていることは至ってまともだった。

 流石に可哀想だし、今度飲みに誘ってやるとしよう。


 とりあえず、今は感傷的な気持ちを落ち着かせるために奏に甘えるのだった。

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