17話 鈴花の暴走
「——お邪魔しまーす!」
時刻は午後八時頃。
両手に膨らんだビニール袋を携えて、鈴花と優斗がやってきた。
俺はそれを奏と一緒に出迎える。
「悪いな、買い出し頼んじゃって」
「いいよいいよ。千智のお家を使わせてもらうんだから、これくらいなんてことないって。それよりも……」
瞬間、鈴花の表情が苦笑からニヤけた顔つきに変貌した。
後ろで服の裾を掴んでいた奏が、恐る恐る顔を出す。
「彼女さん、だよね?」
ビクンと体を震わせる奏。
慌てて俺の影から飛び出し、姿勢を正した。
「は、初めまして、藤澤奏です。えと……うちの千智が、いつもお世話になってます」
「こちらこそ、千智の同期の彩波鈴花です。千智がいつもお世話になってます」
「同じく同期の川島優斗です。千智がいつもお世話になってます」
二人にはあらかじめ、奏が他人と関わることが苦手だということを伝えてある。
奏がガチガチに緊張しているのにも関わらずスムーズに自己紹介が続いているのも、きっと二人が配慮してくれているおかげだろう。
それにしても……。
「なぁ、俺ってお前らのお世話にしかなってないんか?」
「社交辞令ってやつ知ってるか?」
「んなもん知っとるわ! 知っとるけどみんながみんな『千智がお世話になってます』は違うだろ!」
「ねぇそれよりもさぁ」
「それよりもさぁ!?」
鈴花の見事なスルースキルに驚きを隠せない。
というかここまでのぶった斬り
……まぁ、奏が笑ってるから見逃しておいてやるけど。
「おいおーい、お宅の千智さん。可愛い彼女さんをお持ちじゃないですか〜」
「お宅の千智さんってなんだよ。あとそのノリやめろ、肘で小突いてくるな」
人の恋バナが大好きな鈴花、異様なまでにテンションが高い。
これがこの先ずっと続くのかと思うと、先が思いやられずにはいられなかった。
俺がやめろと言っても尚、鈴花は肘で俺の二の腕を小突いてくる。
すると後ろにいた奏が不意に俺の腕を引っ張ってきた。
「ち、千智に……触らないでください」
「きゃー可愛い! ねぇねぇ優斗、私も今度彼氏に同じことしてみようと思うんだけどどうかな?」
「んなもん勝手にしろよ! お前のテンションに俺を巻き込むんじゃねぇ!」
俺の腕をぎゅっと抱いた奏は顔を赤くして鈴花を睨みつけている。
嫉妬する様子がものすごく可愛い。
可愛いのだが、それが気にならないほどに鈴花の暴走がうるさすぎてしょうがなかった。
「とりあえず上がって。玄関で騒がれると近所迷惑になる」
「あっ、ごめんごめん。それじゃ遠慮なく、お邪魔しまーす!」
「はぁ……彼女のいない寂しさを忘れたくて忘年会しに来たのに、どうして……」
「いやお前が来たいって言ったんだろ」
冷静なツッコミを入れつつ、俺は二人をリビングへ案内しようとする。
しかし、またも奏に服の裾を掴まれた。
「ん、どうした?」
「千智、あの人……」
「あぁ、ごめんなうるさくて。もう少ししたらいろいろと慣れて落ち着いてくると思うんだけど……」
リビングからは「おぉーひろーい」という鈴花の声が聞こえてくる。
奏の言うあの人というのも、きっと鈴花のことだろう。
ったく、奏は他人と関わることが苦手だって伝えたのに……。
「たぶん新しいものが多くて興奮してるだけだと思うから、落ち着くまでもう少し辛抱してくれな」
「それは大丈夫。だけど……鈴花さんが帰るまで、私から離れないでね」
そう言ってピトッと自分の体をくっつけてくる奏。
今は近くに騒がしい鈴花がいないため、奏の可愛いさを抵抗なく感じられることが出来る。
いつものツンデレがないのも、自分の好きな人が他人に奪われるかもしれないという不安のせいだろう。
なりふり構わずに、まっすぐ鈴花に対して嫉妬してくれている。
それがどうしようもなく嬉しくて、思わず口元が緩んでしまった。
「あぁ、分かったよ」
「なぁ千智ー。はやく忘年会始めようぜー」
優斗の声がリビングから聞こえてくる。
あとで鈴花のことを任せるように頼んでおこう。
「分かった、いま行く」
俺は傍を離れない奏を連れてリビングに向かうのだった。
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